第6話
「ソフィ、体調は戻ったか」
「は、はい。お父様、昨晩は…その、ご迷惑をおかけしました」
私は直立不動で頭を下げた。
一応、これでも武家の娘。
お父様の英才教育のせいで、そこらの並の騎士よりは鍛えられているし、身体は動く。
お父様は机の上に拳を置き、厳しい目で私を見据えた。
公爵家の当主、マーク・ヴァンズ。
国軍の騎士団に剣術を指導する立場でもあるが、お父様の真の恐ろしさはそこではない。
お父様が直接率い、束ねている周辺一帯の自警団。
その集団は、あまりの強さに敵国すら「あの自警団がいる限り攻め込むのは不可能」と恐れをなして撤退するほどの武闘派集団なのだ。
はち切れんばかりの筋肉に包まれた巨躯から放たれる威圧感は、座っているだけでも猛獣のそれによく似ている。
徹底的な武闘派であり、公爵というよりは「強すぎる自警団の総大将」といった方がしっくりくる人だ。
お父様は神妙な顔で一度言葉を切り、私をまっすぐ見据えて重々しく口を開いた。
「昨晩の夜会、殿下から婚約破棄を言い渡されて気絶したお前を、俺がすまきにして担ぎ帰ったわけだが…」
「その後、ラナから、現場にいながらただ連れ帰るなんて、この先ソフィをどうするつもりなのよと、盛大にどやされてな」
「あ、あの、お父様…? 大丈夫でしたか…?」
恐る恐る私が尋ねると、あの敵国公認の最強のボスであるお父様は、あからさまに遠い目をして、妻であるラナへの恐怖に身を震わせながらコホンと一つ咳払いをした。
「…ああ、問題ない。とにかく、そこで今のお前の現状を真剣に考えてみたんだがな」
「ソフィ、我が公爵家の家訓は真っ向勝負だ」
「己の実力のみで成果を掴み取る。それが我が家の生き様だ」
「今まで殿下の婚約者という地位がお前の後ろ盾になっていたが、それも昨晩でなくなった」
「これからは公爵令嬢という立場すら危うくなり、周囲からの冷遇もあろう。」
「そんな中を生き抜くには、お前自身の力だけで成果を示し、実力を証明しなければならない」
「そこでだ、ソフィ。お前にはあの呪いのような固有スキルがある。」
その言葉に、私は思わず自分の手元を見た。
人には固有のスキルがあり、それで得意な事が決まってくる。
私の持っているスキル名は――【ポンコツ】。
文字通り、私を文字通りのポンコツにしてしまう、常に発動しっぱなしの最悪なパッシブスキルだった。
その最悪な効果は二つ。一つは、完全なる『魔法使用不可』。
一般人なら誰でも灯せるような初歩的な生活魔法すら、私は一切使うことができない。
そしてもう一つが、鉄以上の物質に対する自動デバフ。
私が鉄以上の物質でできた道具や武器に触れると、その瞬間に物がみるみる風化してボロボロになるか、あるいは極端に硬度が下がって茹ですぎたパスタのようにヘニャりと曲がりまったく使えないのだ。
一応、この呪いのようなパッシブの隙間を縫って、初歩のファイアボールだけは奇跡的に覚えている。
覚えている……のだが、実際は使えない。
使おうとした瞬間にマッチの火のようにぷすんと燻んで消えてしまい、それだけで私のマインドはゼロになる。
魔法が出ないどころか、一瞬でマインドを吸い尽くされてその場にガクッとへたるため、ただの自爆でしかなかった。
何よポンコツって。私がポンコツなんじゃなくて、スキルがポンコツなだけなのに!
「鉄の道具も使えず、魔法も使えない。お前は、現状あまりにも弱い」
「だが、婚約破棄されたからとて我が家の人間が落ちぶれることは決して許さん!」
お父様は部屋の壁が震えるほどの大声を張り上げた。
「ルーシー!」
呼び声とともに、ルーシーが音もなく滑り込んできた。
「ソフィを鍛え直す! これからは学園生活の合間を縫って、死なない程度に徹底的にしごき上げろ!」
「仰せのままに、旦那様」
ルーシーはいつも通りの無表情で、すっと綺麗な一礼を捧げた。
「ひ、ひぃ!?」
二人の完璧なコンビネーションを前に、私はただただ情けない悲鳴をあげることしかできなかった。
これでは学園で殿下を観察する時間が、一秒も残らないではないか。




