第5話
気が重い。重すぎる。
トボトボと、お父様の書斎へと続く長い回廊を、まるで処刑台へ向かう罪人のような憂鬱さで歩く。
「おい、ソフィ。生きていたか」
前から、聞き覚えのある涼やかな声が降ってきた。
ハッとして顔を上げると、そこには我が公爵家の廊下にまったく似つかわしくない、まばゆい美貌の青年が立っていた。
月の光を溶かし込んだような美しい銀髪に、吸い込まれそうなほどに澄んだ青い目。
第2王位継承候補のカイルだ。我が家には小さい頃から剣を習うためにずっと出入りしている、気心の知れた幼馴染でもある。
「あ、カイル。お恥ずかしいところを…」
私は恥ずかしそうに頭を下げた。
するとカイルは、いつもの苦労が滲み出たような顔で、深くため息をつきながら一歩近づいてくる。
その綺麗な青い瞳には、純粋な、そしてどこかおどおどとした心配が宿っていた。
「体は大丈夫、なのか? 兄上のあんな理不尽な婚約破棄、気にするな。」
「お前が傷つく必要なんて、どこにもないからな」
(ああ、カイルは優しいなぁ。周りの令嬢たちはみんな、私から距離をとるのに、カイルだけはいつも、私のことを気にかけてくれる)
カイルは耳まで真っ赤にしながら、ソワソワと自分の服の袖をいじり、私と目を合わせられずに視線を泳がせた。
「周りのみんなは、お前がいつも兄上をじっと見つめているからって、その…不気味だなんて酷いことを言うけど。」
「僕は、分かっているから。お前がただ、誰よりも一途に、純粋に相手を想う…その、心の優しい令嬢だってこと。」
「だから、そんなに落ち込まないで、僕で良ければいつでも――」
「でもカイル! 昨晩、あんなに近くで拝見した殿下、本当にお肌がツルツルで本当にかっこよかったのですわ!」
「…えっ? あ、う、うん?」
カイルが健気に励まそうとしてくれていた言葉を盛大にぶった切り、私はうっとりと両手を頬に当ててため息をついた。
「冷たく鋭い眼差しで私を見てくださって…」
「あの画角、あの輝き、思い出すだけで胸がいっぱいで!」
(最高のファンサービスだったわ。ありがとう世界)
勢いよく言葉を被せられたカイルは、口を半開きにしたまま一瞬フリーズした。
しかし、私のあまりの熱量とギラついた目に気圧されたのか、引きつった笑みを浮かべながら後頭部を掻いた。
「そ、そうか。ショックで頭がおかしくなったのかと思ったけど」
「まぁ、それだけ元気そうで何より、なのかな…」
この脳筋だらけの公爵家において、カイルは数少ない常識的な人だ。
いつもこうして、我が家の奇行に頭を抱えつつも気にかけてくれる。
「ありがとう、カイル。お気持ちはとっても嬉しいわ!」
「でも私、お父様に呼ばれておりますのでこれで!」
「あ、おい、ソフィ。はぁ、絶対に何も反省してないな、あいつ…」
これ以上は殿下との合法接近を拝めないのだという憂鬱でいっぱいの私は、カイルの引き留める声を背に、そそくさとその場を後にした。
背後から聞こえた常識人の呟きは、私の耳には届かない。
さて、本番はここからだ。
私はお父様の書斎の前に立ち、生唾を飲み込んで、重々しいトビラをノックした。
「入れ」
地鳴りのような低い声が響き、私は意を決して押し開けた。
部屋に一歩足を踏みいれると、そこは書斎という名の、ただの武具庫だった。
壁には歴代の家長が使ってきた大剣や槍がズラリと飾られ、床には素振りの軌道でついたと思われる傷跡が無数に刻まれている。
その部屋の中央、頑丈そうな机の後ろに、我が公爵家の当主であるお父様が腕を組んで座っていた。




