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親たち

 六月七日の土曜日。

 午前中に東京を出た俺たちは、福山駅で新幹線から山陽本線に乗り換え、尾道駅に十五時過ぎに到着していた。

 ここから、新開まで徒歩十五分前後だ。

 手荷物を持ったまま、商店街の中を歩くと人通りが多くて驚いた。この前は夜だったが、昼間の今は観光客が多い。どこのラーメン屋も行列ができていて、フルーツ大盛りでインスタ映えするというクレープ屋の前は、大勢の若い子たちがいて混雑している。

 子供の頃、ここを自転車で走っていたけど、今は危なくてできやしないと思った。

 途中、雑貨屋の前で猫のマークが可愛いバッグを見てミノリが足を止め、しかたなく待ってあげていると、こんな時だというのにそのバッグを購入していた。

 あらためて、変わった奴だと思う。

「ここで買って、どうすんの?」

「え? だってかわいいじゃん」

「……」

 アーケードの下を歩く。

 新開に入ると、観光客の数は少なくなったが、子供の頃を思うと人は増えたと感じる。

 軽トラが一台、ようやく通ることができるという道の先に、土田酒店という看板が見えてきた。そして俺たちから見て、酒屋の手前に木造二階建ての建物がある。そこが、昔、ヒカルのお母さんがお店をしていたという場所で、今は『海バル』という看板が目立った。

 海バル? 魚介類のバルという意味だろうか?

 わかるようで、わからないネーミングだけど、店構えなどはオシャレで、それがこの新開では浮いて見えた。

 酒屋に入ると、男性が俺たちを見た。

「いらっしゃいませ」

 カホのご主人かな? と思いつつ、頭を下げて名乗る。

「すみません。田中と申します。今日は――」

「あ! イチ君か!」

 誰だ? 向こうは俺を知っているが、俺はこの人を知らない。

「俺、覚えてない? 家が隣だった藤原信也」

 藤原信也!

 信也兄ちゃん!

 思い出した!

 彼は笑顔で俺に歩み寄ると、背中をバンバンと叩いた。

「いやぁ! 背が伸びたな! て当たり前か」

「お久しぶりです」

「ひさしぶり、あ、ミノリちゃんも相変わらず美人で!」

 信也さんのお世辞に、ミノリは満面の笑みで答える。

「ありがとうございます。これ、お土産」

「ありがとう。カホ、奥にいるからあがって。お義父さんも待ってるから」

「まさか、信也さんとカホが結婚してたとは」

 俺が言うと、彼は笑う。

「飲料メーカーの外回りになって、再会して付き合って結婚した。酒屋を継ぐなら結婚してあげると言われた」

 照れたような彼の言い方に、笑みを返して店の奥へとあがらせてもらう。

「昔はここに皆、住んでいたけどチビたちには環境よくないから、今はお義父さんとお義母さんだけ。俺たちは高須から通ってんだ」

 信也さんに案内され、奥に進むと台所と食卓があり、そこでカホがお茶を飲みながら俺たちを見た。

「あ、お帰り。おとーさーん!」

 部屋の奥、階段の上へと声をあげた彼女は、俺たちに椅子を勧める。

「ビールにする?」

 カホの勧めに、俺たちは笑って遠慮した。

「昼からは飲まないよ」

「そうそう」

「なんだ、じゃ、お茶にしよう」

 階段を、ドンドンと降りてくる足音の後、カホの父親がヌっと現れる。子供の頃は、自転車レースをしていた俺とキノを、怒鳴り散らして叱ってくれていた新開の重鎮だ……。

「おう、大きゅうなったのう」

「すっかりご無沙汰で」

 俺が椅子から立ち、頭を下げると笑われた。

「おい、これは本当にあのイチか?」

「そうなんだよ」

 カホが答え、ミノリが笑う。

 カホの父親、おじさんは俺の親父と年齢はそう違わないだろう。

「ほんで、ヒカル君のことを調べようるらしいじゃない?」

 おじさんの問いに、俺は頷く。

「はい、いろいろと時間が経って……思うところがありまして」

「あれは、後味が悪いことじゃったけぇな。何が知りたいん?」

 おじさんはそう言い、カホが淹れた緑茶を啜ると、煙草を咥えた。そして、今は懐かしい桃のマークが目立つ徳用マッチ箱を開けて、マッチを取り出す。

 俺は、まずは当時の大人たちのことを確認したかった。

「保護者への説明会とか、先生とのやりとりとか、覚えてらっしゃる範囲で教えてもらえないでしょうか」

「よう覚えとるわ、今でも。上田さんは、うちのお客さんだったし、お店、そこじゃったけぇ他人事じゃなかったんじゃわ……よう覚えとる」

 おじさんは、顎をしゃくって隣の海バルの建物のことだと俺たちに伝えると、煙草に火を点けてひと吸いし、紫煙を吐き出しながら続ける。

「結局、保護者への説明会を学校がしたんは、自分らは悪うないと言いたいだけ。わしはふざけとんかと怒鳴ったわ……ほんで、何人かの親も怒っとった。なんでもっと早うに警察に言わんかったんならと田中さん……イチのお父さんも怒っとった」

 親父のことをおじさんから聞き、その後のことを知っているからよけいにつらく感じる。

「校長は、上田さんが警察に言わんでくれと言ったから、学校からは連絡は控えた言うとった。でも、わしは上田さんから聞いとった。金子先生が、大事おおごとになっちゃいけんけぇ警察には言うなと。それで、一日待ったと」

 誰もが、気分が悪いという表情となる。

 おじさんは、煙草の煙を深く吸い、ゆっくりと吐き出した。

「性根が腐っとんか言うて、金子先生にわしは言うたんよ。五年、六年と、わしらは学校のいうことを全く信用せんかった。いうて、転校させるいうのは考えもせんかったけぇ、先生を変えてくれいうて、教育委員会やら市のつてで言っとったんじゃけど、どれもええことにはならんかった」

 俺は、違和感で喉を鳴らす。

 おじさんは、金子先生を信用していない?

 そういう印象を、彼の話から感じた。

「あの、すみません」

 俺は思わず、口を挟んだ。

「おじさん、金子先生をあまり良く思ってないんですか?」

「ほうよ」

 当然じゃろという表情で答えたおじさんに、カホまでも目を丸くしていた。

「ま、こういうことを話すんは初めてじゃけ、お前が驚くのも無理はない。子供らの前で、お前らの先生はダメじゃとか言えんじゃろ?」

「あの……」

 ミノリが口を開く。

「金子先生は、わたしたちにとってはよくしてくれた先生っていうイメージしかないんですけど」

「子供らの前じゃ、そうかもしれん。田中さんとこも途中で転校したけぇ、その後はわからんじゃろうけど、田中さんとこが引っ越した後も、保護者と先生で集まって話はしとったんじゃ……上田さんの話と違うじゃないかいうて……あと、上田さんの店に、山田先生が出入りしとったんは知っとったし、山田先生の親が偉い人で、そこから学校や警察にちょっかい入っとるいうのは耳にしとったけぇの、そのあたりのことを、先生がたはどう思うとるんじゃいうて」

 おじさんは、そこまで言って、煙草を灰皿におしつけてもみ消すと、俺を見た。

「校長も教頭も、金子先生も、自分らは悪うない。あれしかなかった。子供らが別々に違うことを言った……混乱した。捜索は警察に任せるしかない、山田先生は職員室にいたいうことになっとるから、噂は事実じゃない……そうこうしょうるうちに、春に山田先生は転勤、捜索も自然と人数が少のうなって、回数も減って……上田さんはほんまやつれての、お店も閉めた」

 おじさんはそこで、煙草をまた口にくわえて、マッチで火をつける。

「やれんで、ほんまに」

 その尾道弁が、やけに重く聞こえた。

 カホが、ぽつりと言う。

「なんなん? それ……」

 彼女はそこで口を閉じると、俺とミノリを交互に見て言う。

「皆で、都合悪いことを隠そういうこと?」

「わしに怒るなよ」

 おじさんが苦笑して言い、俺を見た。

「中学から私立に行かせたい親らが、先生らのことを悪う言うなとわしらに言うてきてな……調査書やら評価書に、不利なこと書かれたら困るいうてな。谷松建設んところじゃろ? 瀬谷内科の院長、平商事んところも……南さんところもそうじゃったな」

 平?

 もしかして、同じ班だった子? 俺はあまり記憶にないが……そういえば、ミノリは彼女のことをニックネームや名前ではなく、平さんと呼んでいた。

 それって……そういう親の関係性に子供もひきずられていたんじゃないか?

 ちらりとミノリを見ると、彼女は俺の視線を感じていたが、逃げるように緑茶をすすった。

「上田さんも実家に帰って、ヒカル君のことは誰も触れんなって……わしらも中学にあがればあいつらともお別れじゃ思うとったが、それもようなかったの」

 おじさんはそこで、煙草を吸う。

 俺は、ヒカルのお母さんが実家に戻ったという話を聞けて、まさしくそれを知りたかったんだとばかりに前のめりになる。

「おじさん、ヒカルのお母さん、連絡先ご存じですか?」

 おじさんは、煙草を吸い、煙で目がしみたらしく顔をしかめながら答える。

「知っとるけど、古い連絡先よ?」

「ご実家なら、変わってないんじゃないでしょうか」

 ミノリが言い、俺も頷く。

 おじさんは、店のほうに出て、しばらくして古いノートを持って戻ってきた。

 それは、取引先の連絡帳で、おじさんが手書きで作ったものだ。

 おじさんにしか、読めない字で書かれているんじゃないかと思うほどに特徴的な字だが、カホは読むことができた。

「瀬戸田? ヒカルのお母さんのご実家、瀬戸田だったん?」

 彼女の問いに、おじさんは短くなった煙草を灰皿におしつけながら答える。

「ほうよ。最後の売掛が残っとってな……わしは、もうええ言うたんじゃが、上田さんが『払いますから』言うて、連絡先と住所を書いたメモを渡してきたんよ。電話番号はこれじゃけど、かけてみるか?」

「はい」

 俺は、スマートフォンでその番号に電話をかけた。

 スピーカーにして、テーブルに置く。

『こちらはNTTです。お客様がおかけになられた番号は現在つかわれておりません……こちらは――』

「使われてないね」

 ミノリが言い、俺は発信を止めた。

「今時、固定電話は商売しとらんと使っとらんのじゃないか?」

 おじさんは言い、高齢者用のスマートフォンを誇らしげに見せてくる。

 笑みを返しながら、カホを見た。

「お母さんのご実家の住所、メモってもいい?」

「写真、とれば?」

 彼女の言葉に、読めんと答えていいものかどうか逡巡すると、ミノリが言う。

「おじさんの字、読めんもん」

 おじさんが笑い、俺たちも釣られて笑った。





 十七時少し前。

 海岸通りの酒蔵を改装した居酒屋へと入ると、奥の個室に通される。

 部屋に入ると、すでにナオとキノがいた。

 キノは俺に大股で近づき、身構えた俺に言う。

「俺を殴れ」

 は?

 口を半開きにした俺の前で、彼はまた口を開く。

「頼む、殴れ」

「ちょっとやめて。座って」

 ミノリが言い、キノに席へ戻れと指で示すと俺の背を押す。

 四人で向かい合った時、キノはテーブルに手をついた。

「すまん。俺が悪かった」

「いや、わかる。気持ちはわかるから、そう謝らないでくれ」

「一発、殴ってくれ。それでチャラだ」

 キノは、テーブルに額がつきそうなほどに頭を下げたまま言う。

 俺は、手のひらでキノの後頭部をパシンと叩いた。その拍子で、キノの額がテーブルにぶつかり、「いて!」と彼が声をあげる。

 予想外のダメージを与えたので、「すまん、大丈夫か?」と尋ねる俺の横でミノリが遠慮なく笑っている。

 店員が注文をとりに現れ、生ビールを四人分とナオが答えた。

 キノはおでこを手でおさえながら、それでも真面目な顔で口を開いた。

「田中、悪かった。本当に」

「いや、わかってるから」

「イチ、でいいか?」

「もちろん」

「イチ……ごめん」

 彼はそこで、なぜか涙ぐむと目頭をおさえる。そして、深呼吸をした。

「よし、これでチャラ、いいか?」

 キノがにっと笑い、俺は呆れたように笑う。

 だけど、おかげで話しやすくなったと感謝した。

 そこで、生ビールが運ばれてきて、ナオが言う。

「じゃ、チャラに乾杯」

 彼の言いように、俺たちは笑いながら、ジョッキを軽くぶつけ合った。

「イチはじゃぁ、ずっと福山におったんか?」

 キノの問いに、俺は頷く。

「松永」

「近いようで、当時は遠いな」

 たしかに。

 子供の頃はもう、隣の市というだけで遠く感じていた。今でこそ都内にいるので、隣の区や県に移動することにそう負担を感じないが、子供のころの俺たちには、とても遠いという印象があったのは無理のないことだろう。

 俺は、言っておかないといけないと思い、ジョッキから口を離して言う。

「皆から聞いた。俺を庇ってくれていたから、共犯扱いされたって。ありがとう」

 彼は少し照れたが、誤魔化すように笑いながら口を開いた。

「してないことを、してない言うて何がおかしいんなら、おお? と言って、ぶん殴っとった」

 荒々しい……でも、キノらしくて容易に想像できる。当時から、彼はやんちゃで、だけど、まっすぐだと思った。

 キノはジョッキを半分ほど、一気に飲むと、話を続けた。

「ま、おかげで不良扱いされとった」

 いや、クソヤンキーだったんだろうと想像するのは難しくない。

 コースの料理が運ばれて来て、俺たちはそれぞれ箸で取り皿にとる。大根サラダには、ちりめんじゃこがたくさん使われていた。

「ほんで、これはナオにも言うてないことじゃけど、俺、ヒカルから聞いてたことがある。これは、あいつが誰にも話してほしくないことなんだって、ガキでもわかることだったけぇ、話してない。だから、ここで話すのが最初」

 キノはそう言って、ビールを飲み干すと、ボタンを押して店員を呼んだ。そして、生ビールを追加して、続きを話す。

「ヒカルは、山田先生がお母さんと結婚するかもって俺に言うた。いつだったかは覚えてないけど、夏休み中だったのは間違いない。裏山の上に展望台あるじゃろ? 俺、鎖山を登っていって、展望台に行ったらあいつが絵を描いとった」

 キノは、当時のことを思い出すように、ゆっくりとした口調になる。

「夕方……たしか、イチとナオは鎖山の中段で苦戦しとって来てなかった。俺だけ先に……そこで、ヒカルが絵を描いとったけど、泣いてたんよ」

 追加のビールが届き、刺身盛も届く。

 醤油皿をナオが配る。それを受け取りながら、キノは話を止めていない。

「どうした? 言うて、聞いたんよ、俺が……ヒカルは最初、何も言わんかったけど、お前らを待つ間、あいつの隣に座っとったら、ヒカルが……」

 彼はそこで、少し首を傾げて続ける。

「でも、泣いとったけど、少し笑ってもいた。嬉しいんか、悲しいんか、ようわからん顔。俺はあいつを怒らせたら怖いの知っとったから、誰にも言わんと伝えて、本当に言ってない。もし、イチが学校に残ってて、ヒカルの話になったらこれを話しとったかもしれんけど……ま、言うてもしょうがない」

 彼はそこで刺身へと箸を伸ばす。

 俺は、ナオとキノに、ヒカルのお母さんのことを話した。そして、おじさんから聞いた大人たちの状況も。

「なんだ、そりゃ? 金子先生も悪いんか? あの頃は、金子先生が俺らを庇ってくれっとったのに? 親たちには、そんなことを言うとったんか?」

 キノの憤りに、ミノリが応じる。

「金子先生が、というよりも、金子先生に言わせていたんだと思うけどね」

 担任で、矢面に立つ役割があったから。

 彼女はそう言いたかったのだろうけど、俺は少し違うと感じた。

 カホのお父さんの口ぶりは、それだけじゃなかった。言わされていた先生に向ける怒りではなく、金子先生本人に向けた怒りに、俺には聞こえていたのだ。

 ただの勘違いで、ミノリの意見が正しいかもしれない。

 だけど、この時の俺にはそう思えていた。

 なぜか……。

 言語化できないもどかしさで、動きを止めていた俺にナオが声をかけてきた。

「どうした?」

「あ、考え事してた。ちょっといろいろと」

「刺身、なくなるぞ」

 カワハギの刺身を一切れ、箸で掴んで食べた。子供の頃は、これがまさか高級魚になるとは思いもしなかった。親父が近所の釣り場で、カワハギばかりを釣って帰っていたような記憶がある。

「そういえば、山田ももうすぐ定年じゃないか?」

 キノが言い、金子先生がそうなのだから、それもそうかと納得する。

 ナオが、飲み物の追加を頼むというので、俺は瀬戸内レモンのレモンサワーにすると伝えると、ミノリもそれに乗りナオもそうした。

 蛸の唐揚げ、デベラの炙りなどが届く。

 でべら……二十五年ぶりに食べるのではないだろうか。

 これは他所では、なかなか見当たらない。

「このあと、キノ君はユウの店、来るの?」

 ミノリの問いに、キノはバツが悪そうに答える。

「いや、すまん。俺はダメなんよ、嫁さんが車で迎えに来てくれるけぇ帰るわ」

 キノが言い、真面目な夫になっていることを、俺はからかう。

「金子先生と同じ逃げ方じゃないか」

「え? 先生が?」

 キノが苦笑いして言い、ミノリも加わった。

「そ、前回、もう忘れたいからって逃げるように帰ったのよ。奥さんが迎えに来てくれてるから帰るって言われてね」

「ん?」

 キノが、首を傾げる。

 なんだ?

「どうした?」

 ナオの問いに、キノは気まずそうな顔をして少し迷った。

「うん……いや、俺、二年前まで実は金子先生の家の近くにおったんよ」

「え、そうなの?」

 ミノリの問いに、彼は頷きながら怪訝となった理由を話す。

「今は、嫁さんの実家を二世帯住宅に建て替えて、そこにいるから離れとる……だから、俺らが引っ越した後に結婚したんかもしれんけどな」

 結婚? 誰が?

「金子先生、俺が知っとる限りは独身だった……たしか、高齢のお母さんと、妹さんと一緒に暮らしとったと思う……ごめん、二年前までのことじゃけ、気にすなや」

 そう言って、キノはナオの前に置かれたレモンサワーを勝手に取って、ぐいぐいと飲んだ。

 俺とミノリ、そしてナオは、お互いの顔を見合わせていた。




 キノと一軒めで別れた俺たちは、ユウの店へと移動する。そこにはすでにリョウタが来ていて、カホと一緒に先に始めていた。

 席についた時、リョウタが言う。

「連絡先、知ってる奴らに連絡とってみたけど、いい反応はあまりなかった。俺たちみたいに、イチと会っているわけじゃないから、温度感が違う」

「気を遣わせてごめん」

 頭をさげると、彼は照れたように笑う。

「だから、お前は本当にイチなんか? て話になる」

 カホも笑い、釣られてミノリとナオも笑顔になった。

「ハイボールでええ?」

 ユウに聞かれ、頷きながらスマートフォンを取り出した。

 メッセージは親父からだ。

『明日、車ええよ。新幹線に遅れんように』

 さきほどの店から、ここに来るまでの途中に、親父に車を貸してくれとLINEでお願いしていたので、その返事だった。

「明日、車で瀬戸田に行く」

 俺が言い、ユウが差し出してくれたグラスを受け取る。当然、ミノリが俺を見た。

「わたしも行く」

「そうじゃね、男が一人でいきなり来るより、女性がいたほうがいいと思う」

 ユウの意見に、カホが二人に、昼の時の情報を共有してくれたのだとわかった。

「あんまり、ぞろぞろと行かんほうがええから、お前とミノリの二人で頼むわ」

 ナオの言い方に、何か含むものを感じたが深追いはせず、黙ってハイボールを飲んだ。

「それはそうと、新情報」

 ミノリが切り出したのは、金子先生のことだ。

「わたしも、思い込んでたけどさ……金子先生、独身かもしれない」

 彼女の言葉に、リョウタとカホが首を傾げる。それは当然、前回の飲み会で、金子先生が奥さんの迎えを理由に帰ったことを知っているからだ。

 ユウが、きょとんとして口を開く。

「え? 知らんかったん?」

 ユウは知ってたのか?

 皆の視線を受けて、カウンターの中でユウが身構えた。

「ちょ……なによぉ……何があったん?」

「ユウ、金子先生、独身なんか?」

 リョウタが前のめりになり、彼女はコクリと頷く。

「ここにも何度か来てくれとるから知っとるよ。結婚は諦めたって」

 じゃ、なんであんな嘘を?

「ちょ……ちょっと待って。確認させて」

 ユウが動揺したまま言い、ミノリを見た。

「ミノリが、金子先生が奥さんいると思ったのはなんで?」

「それは、ご自宅の固定電話に電話をした時、女性の声で金子ですって……奥さんだなと思って、名乗って、金子先生に代わってもらったから……それに、この前も奥さんの迎えがって言って帰ったから」

 ここで、カホが口を開く。

「それで、なんで今日は、独身かもしれんてことになったん?」

 ミノリが俺とナオを見た。それで、リョウタとカホは、俺たちがキノと会っていた時に、その理由があるのだと察したようだ。

「キノ君から、二年前まで独身だったって聞いて……さっき」

 カホが、ハイボールを一気に飲み干し、ユウにグラスを差し出しながら言う。

「おかわり……じゃ、金子先生はなんで、奥さんが迎えに来るって言って、帰ったん?」

「それだけ、居づらかったいうことかな? そう言われたら、俺たちは引き止めんから」

 リョウタの意見は理解できないものではない。そういう理由なら、ありえる。

 ミノリも彼に同意したようで、俺を見た。

「イチ君のせいで、忘れたいのに忘れられないってなったからね」

「あの時は、マナミのせいだろ」

 俺の言い訳に、リョウタとナオが笑う。

「あのマナミが、珍しく強く言ったもんな」

「ああ、いつもふんわりニコニコのマナミが」

 二人の言葉に、ユウがハイボールをカホに差し出しながら口を開く。

「マナミ、ヒカル君と仲良かったから……ていうか、たぶん片想いじゃない?」

「……なるほど」

 俺は自然と口にしていて、そうかもしれないと思った。

 そして、ヒカルが絵を金子先生に習っていたから、マナミも始めて、絵が好きになったという順番だったのではないかと考える。

 そうだ……たしか、ヒカルは三年生の頃から金子先生に絵をみてもらっていた……一緒に帰ろうと誘うと、絵があると言って断られたことを思いだす。そしてそれは、いつしかマナミも一緒になっていた。

 夕暮れの教室で、金子先生の前にヒカルが座り、絵を描いている。その隣で、マナミも絵を……。

「どうした?」

 ナオに声をかけられ、思考を止めて誤魔化すように笑みをつくる。

「いや、なんでもない。明日、何を話そうと思って」

「ヒカルのお母さん、会えたらいいね」

 カホの言葉に、曖昧に頷く。

 昔の住所だ……でも、可能性はある。

「そういや、お前ら新幹線は何時?」

 リョウタに聞かれ、たしか一七時過ぎだったようなとスマートフォンを取り出す俺の横で、ミノリが先に答える。

「十七時三十五分、福山発」

「夕方、渋滞するけぇ早めに福山に行けよ」

 たしかに。

 明日、朝には瀬戸田に行こうと思う。ただ、留守だった場合、しばらく待とうとも思っていた。

 車を親父に返して、それから福山にと考えると……限界は十五時くらいか。

「イチ君、明日、この前と一緒でお父さんの車でしょ?」

 ミノリに聞かれ、ハイボールを飲みながら横目で彼女を見て頷く。

「だったら、明日はイチ君の家まで一緒に私も帰って、それから松永駅から福山に行くよ。電車なら、渋滞ないから……十七時過ぎの電車があるから、それで一緒に福山駅に行こう」

 調べるのが早いなと、感心する。

「わかった。じゃ、瀬戸田にいられるのは十五時半だな。アラーム設定しておくよ」

 俺がスマートフォンを操作し、視線を皆へと戻した時、一同が視線をそらすようにお酒を飲み始めた。

「明日、九時半に迎えにきて」

 ミノリに言われて頷くも、すっかり、彼女の助手みたいになっていると自嘲した。


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