大人たち
日曜日はたまった洗濯と掃除をして、日用品の買い出しをすると半日が終わっていた。自宅近くの中華屋で夕食を済ませただけの、寂しい独身男の休日。
そして、憂鬱な月曜日となり、満員電車にゆられて職場に行き、働き、帰宅する。
火曜日も、悲しいくらいに変化がない一日を送った。
そして、水曜日の朝、トウマから『夜に元上司と話す』というメッセージが届く。
仕事中も、そのことばかりが気になっていて、全く仕事に集中できなかった。
あやうく、アポイントをすっぽかすところだった……。カレンダーに登録していて、三十分前に通知がきて気づき、慌ててオフィスを飛び出したのだ。
アポイント先が、二駅の距離で近くて助かった!
そして、夜となり、いつ連絡がきてもいいようにスマートフォンをスタンドにたてて、中華屋でテイクアウトしたチャーハンを食べる。
午後十一時過ぎ、ようやく連絡が来た。
『今、終わった。ちょっと考えをまとめる』
『時間がいる』
『土曜日、オンラインで話せるようにする。URL貼るから、参加できる人は参加で』
トウマからのメッセージに、緊張が一気に解けてため息をはく。
土曜日まで待てか……なかなかつらいものがある。
でも、トウマは警察にいるので、話せることと話せないことを整理したいのだろうと思った。そして同時に、それだけ込み入った話を、その上司だった人は話してくれたのだろうと期待できる。
どうせ、俺には待つことしかできないのだと諦めることにした。
土曜日の午後十時。
トウマに指定されたURLをクリックすると、見慣れたオンラインミーティングアプリの画面となる。そして、参加ボタンを押すと、すでに参加していたトウマの顔が映された。その背景は、彼の自宅の自室と思われる。
「悪いな、待たせて」
開口一番、トウマが言って、俺は首を左右に振った。
「いや、無理をお願いしているのは俺だから」
「他は来ないかな? 始めるか」
トウマが言い終える直前、ナオとミノリが参加してきた。
「ごめん、遅れた」
ミノリが言い、ナオは顔の前で両手をあわせる。
トウマがお茶を飲み、口を開く。
「じゃ、話す。まずその元上司だけど、Aさんとする。当時は、尾道署の刑事課にいた。Aさんは事件……事件とAさんが言っとったから、事件と言う」
俺はトウマの淡々とした口調のせいで、かえって緊張を増していく。
「事件発生時、最初は生活安全課が動いていて、Aさんが参加したのは、事件性を疑われてからになる」
「事件性が疑われたのか?」
ナオの問いに、トウマは頷きながら言う。
「ああ、ちょっと質問はあとでまとめて聞くけ、今は話を優先させてくれ」
「すまん」
ナオが謝り、トウマはまたお茶を飲み、話を続けた。
「Aさんは当時の記録など持ち出したりしちゃいないが、非番の日に自宅で捜査のことを考えていた時に残したメモはあった。そのメモには、十一月九日に警察と消防団が合同で瑠璃山を捜索したが、子供は発見できていない」
彼はそこで、手元のノートを見ているのか、チラチラと視線を落としながら続ける。
「まず、八日の午後六時二十五分に、警察にヒカルのお母さんから連絡が入っている。それから、生活安全課が地域を見回ったが未発見で、目撃証言もなし。明けた翌日、九日の朝に、校舎裏から裏山にかけて……瑠璃山の西側を捜索したが何も発見されていなかった」
トウマはそこで、手元に視線を落として続ける。
「翌日の十日、裏山から学校の反対側……瑠璃山の東側を捜索した時、山頂付近、登山道から少し離れたところで、血痕が付着した石を警察犬が発見した。石の大きさは、大人の拳程度。他に発見はなし。しかし、山頂付近で血痕付の石が見つかったことから、山頂から東側を重点的に捜索した」
血痕……。
「この血痕が付着した石があったことで、事件性が疑われ、刑事課が参加することになった。俺たちへの聞き取りは、刑事課がおこなっている」
あの時、そのAさんがいたのか……?
「Aさんの見立ては、何者かが子供を撲殺し死体を遺棄した……ごめん、ミノリ、大丈夫か?」
画面の中で、ミノリが顔を両手で覆っている。
「大丈夫、トウマ、続けて」
「続ける。Aさんは、捜索と同時に、俺たちの証言をもとにヒカルを殺す動機がある大人を、調べていた」
ドキリとする。
この時、俺の証言はまだ嘘だと決めつけられていなかったはずだ。
「Aさんは、当時の有力な証言から、学校内に犯人がいるのではないかと疑っていた」
やっぱり。
「しかし、捜査は続けられなくなった」
「え?」
思わず、声が出ていた。
「まず死体が見つかっていないのに、犯人捜しはおかしいだろうということ。これはま、当然っちゃ当然。次に、捜査の対象……お前らはもうわかっとると思うけど、山田先生のご家族からそれはもう大変な抗議が警察上層部に入った……当時、市議会のドンと言われていた山田哲議員が、山田先生の父親だ」
……そういうことか。
そういうことか!
「ちょうどタイミング的に同じ頃、山田先生のアリバイが成立した……これは金子先生が話してた内容のとおり……で、山田先生のアリバイを証明した教員たちのほうも、職員室にいたということになった……ただ、Aさんは勘としか言いようがないと言っとったが、山田先生がクロかどうかは別として、事件の核心に近いところにおったはずじゃと睨んどった」
彼はそこで、お茶を飲む。
ここで、エリとアカネが参加してきた。
二人は、「ごめん」「あとで教えて。先、続けて」と言った。
「警察と消防団での裏山でも捜索は続けられたが、全く見つからん。捜索規模は次第に小さくなった……年が明ける頃にはもう全くされてなかったじゃろ……で、視点を少し変える。Aさんは、学校にムカムカしとったらしい」
トウマはそこで、語気を強める。
「子供がおらんなったいうのに、母親に警察への連絡は少し待てと言うとったこと、これ、金子先生の話と逆だから要調査。それで、素人が一日、周囲を捜索したことであちこちに邪魔な痕跡が残った。つまり、現場を荒らしてしまった……これが、警察が捜索を始めた頃、けっこう邪魔になったらしい」
学校側の最初の対応に問題があった……たしかに今、改めて聞いてみると、母親に対して警察への連絡を待てというのはやりすぎのような気がする。
「それと、校長をはじめ教員の多くは、ことなかれ主義ゆうか、問題が表に出ないようにということに一生懸命じゃったそうで……もう大問題になっとるんだとAさんが彼らに怒鳴ったことがあったらしいよ。でもそれで、Aさんが教員たちを恫喝して取り調べしたという訴えになって、Aさんは教員や児童への聞き取り作業から外されたんじゃと」
トウマはそこで、手元のノートを閉じたように手を動かすと、画面越しにこちらを見ている。
「Aさんは、今でもヒカルは殺されたと思うとる。裏山のどこかに、遺体が隠されとると」
皆が、黙る。
アカネが、苦しそうに尋ねた。
「でも、捜索では見つかってないんでしょ?」
彼女の問いは、殺されたということを否定したいという思いからのものだと理解できる。俺だって、実はそう思いたい……。
トウマが少し迷ったが、頷くと口を開く。
「ま、ええ、質問タイムにしようか。見つかってない。見つかってたら、俺たちがこうして集まってないじゃろ」
ナオが口を開く。
「イチの他に、証言した子供のこと、Aさんは何か言っとったか?」
それだ。
それを知りたい。
「うん、名前は憶えてない言うとったけど……山田先生とヒカルが一緒にいた時を見た子と言っとったのは、イチのこと。で、それは実は、Aさんは重要視しとったって」
え?
でも、なんで、じゃあ、俺は嘘つきにされた?
「Aさんが捜査から外れた後、教員たちの証言とあわないとなって、同僚の刑事がイチのところに確認に行ったら、子供がああ言ったのは嘘だったみたいだと、帰ってきて言われたそうだ」
俺が口を開こうとした時、トウマが画面に手のひらを広げてみせた。
ストップ、という意味だと思って口を閉じると、彼が言う。
「ちょっと、デリケートなことは最後に、独り言で言うから待ってくれ」
「デリケートなこと?」
「ああ、最後に。俺も立場がある。だから」
「わかった」
俺は頷き、彼は深呼吸をして話題を戻した。
「子供ら……イチ以外の子供が、当日の二人に関して話した内容は……まず、職員室にいた山田先生をヒカルが呼びに来た」
やはり、ヒカルが山田先生を連れ出したのだ!
「その時は、山田先生は、後でな、と言い、ヒカルは一人で職員室を出た……次、体育館と校舎をつなぐ通路のところで、二人が一緒にいたのを見たら、二人が移動した」
これはやはり、誰かに見られたくなかったということじゃないか?
「二階と一階の階段の踊り場で、ヒカルが山田先生に、お願いがあるとかなんとか言っとったのを聞いた子がおる。今、時系列に並べた。そして最後に、イチが二人を見た。二人は、校舎のあちこちを移動しながら、人目につかない場所を探していたと思われる」
ミノリが、質問をする。
「警察は、山田先生とヒカルのお母さんのことも調べた?」
「調べた。付き合っとったかどうかはわからんが、親密そうに見えたという証言はいくつもあったみたいじゃけど、ま、二人とも独身……ヒカルのお母さんは離婚してたから、別にとやかく言われる筋合いはなかろうけど……ヒカル以外にはな」
「ヒカルは、嫌だったんじゃないかな?」
エリがぽつりと言い、皆が黙ることで、それがこの場での総意となる。
「で、イチが知りたがっとること。というか、皆が不思議に思うとること……独り言じゃ思うて聞いてくれ」
俺は緊張して、マウスを持つ手が震えていた。
「まず、血液が付着していた石……この血液は、後の検査でヒカルの血液型と一致した」
エリが口を手でおさえ、アカネが深呼吸をする。
ミノリは今も、顔を両手で覆っていて、リョウタはうなだれていた。
画面の中で、トウマが続ける。
「次……警察の上のほうに、そのさらに上のほうから抗議が入って、偉い人たちはいろいろとあちこちと調整して……子供らの言うことだから真に受けたらいかんだろうということで、大人が言うとることを信用しようやとなったらしいわ。質問は受け付けんし、これ以上のことは俺も話せん」
「トウマ、ありがとう」
俺は感謝しつつも、確かめたかった。だけど、彼が答えやすいように、質問してあげないとダメだとわかっていた。
「その、話せないことの全てを聞いているトウマは、どう思ってるんだ?」
トウマは、思いっきり顔をしかめると口を開く。
「あいつらぁ、クソじゃ」
彼は、吐き捨てるように言った。
五月三十日。
俺はスマートEXで新幹線チケットをとり、QRコードをミノリにメールで送った。これまで俺は、駅の券売機で買っていたのだが、ここのところの移動の多さで、この方法を取り入れることにしたのだ。
ミノリから、返信がくる。
『ありがと。ところで、晩御飯、どう?』
『今日の夜ドタキャンされた。店、予約二名でしてて困ってる』
『キャンセル料かかるのが嫌』
いつも付き合ってもらっているので、付き合うことにした。
『大丈夫。どこに行けばいい?』
『神楽坂、二番出口、十八時五十分。遅刻すんな』
彼女はそう送ってくると、続けてうさぎがお願いポーズをとっているスタンプを送ってくる。
犬が了解というポーズをとっているスタンプを返信し、スマートフォンを胸ポケットへと押し込む。
そして定時まで仕事をして、十八時過ぎにはオフィスを出た。
茅場町駅まで歩き、東西線ホームにおりると、ちょうど中野行きの電車が入って来たところだった。
プレイリストをランダム再生させながら電車に揺られ、十五分ほどで神楽坂駅に到着する。
まだ十八時半を少し過ぎたくらいだったが、二番出口のところに立って待つことにした。
ミノリから送られてきていた店は、蕎麦屋が夜は居酒屋として営業しているというお店だった。メニューを見ながら時間を潰していると、後ろから声をかけられた。
「ごめん、今日は助かった」
振り返ると、ミノリが階段をあがってきたところで、店の方向を指さしながら言う。
「行こう、こっち」
「ああ」
彼女に続き、神社の前を通って細い路地を歩く。尾道の路地とは違い、洗練された印象を受けるのは生活臭がしないからかもしれない。こちらの路地は、作られた路地という感想。
「友達と約束してたんだけど、風邪みたいでさ」
ミノリの言葉に、相槌を打ちながら続いて歩く。
「ここ」
看板に書かれた店名は、達筆すぎる。事前にお店情報を送ってもらっていなければ、看板に書かれている漢字を読めやしなかっただろう。
店内に入ると、おしゃれな和風の内装で、落ち着いた雰囲気だ。店内はほぼ満席だったが、騒ぐ客がいないせいで静かに食事を楽しめる空間となっていた。
奥の四人掛けの席に通された時、彼女が通路側に座ろうとしたので奥を譲った。
コースを頼んであるそうで、飲み物だけを聞かれる。
「生ビール、ふたつで」
ミノリが言い、店員がメモを取りながら尋ねる。
「マルエフとエビス、どちらがいいですか?」
「俺、マルエフがいい」
「じゃ、わたしも」
「かしこまりました」
店員が離れて、俺たちは同時におしぼりを手にとる。そして俺がそれを目頭にあてると、笑われた。
「ちょっと、おっさんじゃん」
「気持ちいいからさ」
「それ、狙ってる子の前でしないほうがいいよ」
「大丈夫、その時はしない」
彼女は笑いながらおしぼりを専用トレーに置いて、隣の座席に置いたバッグからスマートフォンを取り出しながら口を開く。
「でも、ちょうど良かったかもね。七日に帰るまえに、話ができるから」
「食べながら、重い話して大丈夫か?」
「……やめとこうと思っても、話すじゃん」
たしかに。
生ビールが運ばれてきて、お通しのナスのおひたしも置かれた。
ジョッキを軽くあわせて、ほぼ同時にビールを飲む。
家で飲むより、どうして外で飲むほうがおいしく感じるんだろう?
「このお店、名店にも選ばれてるんだよ」
「え、そうなの?」
「知らない?」
「知らない」
彼女はまた笑い、ナスのおひたしを食べるとスマートフォンを手に取り、操作をして画面を見せてくれた。そこには、二〇二四年度の和風居酒屋部門で名店に選ばれていることが書かれている。
うなずきながら、ナスのおひたしを食べると、総菜で買って食べるものとはまったく違うとわかった。
「うまい」
「おいしいよね? 年をとったらこういうのがおいしいんだよねぇ」
「おばちゃんだな?」
先ほどの反撃をすると、ミノリは目を細めて笑った。
「お互い様でしょ」
「ま、あれからもう二十五年だから」
「……子供が生まれて、社会人になって三年目だよ」
彼女の例えに笑い、運ばれてきた前菜五種を見て感動した。
ちょっとずつ、いろんな前菜を楽しめる。
卵焼きは、ふんわりと柔らかく、酒飲み向けに甘すぎない。
「ビールが進むな、これ」
「だねぇ」
しばらく食事を楽しみ、刺身三種が届いたあたりでミノリが話題を事件にもっていった。
「でさ、結局のところ、山田先生の家族が介入したってことだよね?」
「……警察の上のほうの、さらに上……て言い方だから、政治家が絡んでると想像はつくけど、市議にそんな力あるかな?」
彼女は、グループではないLINEのトーク画面を俺に見せてくれた。
「これ、マナミがご主人がこっそり教えてくれたこと、送ってくれたのよ」
二人だけのトーク画面に、書かれているメッセージを読む。
『山田哲さんは、尾道でも歴史がある建築会社の経営者一族。山田哲さんのお兄さんが社長の時に、彼本人は国会議員の竹田さんの秘書をしてた。それから市議選に出て、市議となった』
『衆議院議員選挙の時は、山田哲さんが地元の票をとりまとめて竹田さんを国会に送り出した。反対に、竹田さんは山田哲さんが地元でやりやすいように、いろいろと……書けないことをした。お互いに助けあっていたと言えば簡潔』
『今は、その竹田さんは引退したが、娘婿が地盤を継いだ。その支援を、山田哲さんから地盤を継いだ次男が市議になっていて、関係は一緒。山田哲さん本人は、建築会社の会長職。長男が社長。山田先生は、三男ということになる』
『以上、主人が教えてくれた大声では言えない話。ミノリ、頑張ってね。イチ君によろしく』
マナミからミノリへのメッセージを読み、俺が怪訝な表情をしていると見たミノリが説明する。
「マナミのご主人、尾道の市議会議員なんだよ」
「え? そうなの?」
「そう、もともとは大阪で社会人してたらしいけど、なぜか尾道に戻ってきて、市議選に立候補した。今は三期目かな? がんばってるみたい」
「マナミ、議員の奥さんやってんのか……すごいな」
「うん、でもマナミって誰とでも仲良くできる天才だから、あってるかもね」
「彼女は、旦那さんが市議会議員になってから結婚を?」
「みたいだよ、市役所で働いていたマナミを、一期目だったご主人がナンパしたんだって」
笑ってしまった。
たしかに、市議会議員だから市役所に行くことはあるだろう。でも、その言い方は親密な関係だからこその冗談めいた表現だ。本当は少し違うのだろうと思ったが、口にすると話がそれるのでやめておいた。
俺はマグロの赤身にワサビを乗せながら、当時の山田哲議員の立場にたつと仮定して思考を話す。
「息子が、なんだかよくわからない事件の容疑者にされてしまいそうだ。自分への影響、会社への影響、もちろん息子本人の今後のことなど考えて、介入した……ありえない話じゃないと思うけど」
「うん、それと、ムカつく話だけどさ、その考えって多分、学校の先生たちや、もしかしたら教育委員会とかの希望にもあってたんじゃない? 教師が子供をっていうことが疑いの段階だったとしても、表に出てほしくなかったはずだよ、きっとね」
「そうだよな」
残念なことに、当時の大人たちは一部を除いて、子供を犠牲にして事件を幕引きすることを強引に進めたのだ。しかし、もし自分の子供が被害者だった場合、はたして彼らはそれをしたのか? 結局、彼らの自己保身と無責任が、ヒカルを行方不明のままにしていると俺は思った。
待てよ……。
自分の子供が被害者となった、ヒカルのお母さんは?
まさか、この卑怯でクソみたいなことに賛成するわけがないだろう。
彼女こそ、声をあげたに違いない。
だけど、どうして? 事件は風化した?
「串もの、三種です」
もも肉、レバー、砂肝の三本が運ばれてきて、俺は思考をとめた。そして、ビールではなく、ハイボールを頼むと、ミノリはレモンサワーを注文した。
「こうなると、山田先生が春に学校を替わったのも、きっとそのお父さんの力が関係してるって思えるよね?」
ミノリの意見に、頷きを返しながら焼き鳥を食べる。
レバーは柔らかく、中はとろりとしていて甘い。臭みはまったくなく、塩の味付けのおかげで、レバーそのものの美味しさを味わえた。
「俺、他所でレバー、食べられなくなるかも」
「これ、美味しいよねぇ」
ハイボールが届き、ミノリはレモンサワーに口をつけた。
「俺、ヒカルのお母さんに会いたい」
唐突に、俺が口にしたものだからミノリが手の動きをとめる。もも串を手に持ったまま、彼女は俺の言葉を待つ。
「証拠もなにもない……人から聞いた話ばかりなんだけど、それでもこの仮定というか、推理って大きく外れていないんじゃないかと思うんだよ。この場合、俺たちよりもずっと大変だったのって、お母さんじゃないか?」
ミノリが、串を皿に戻した。
俺は、ハイボールをちびりと飲み、ため息を挟んで続ける。
「どういう気持ちで……あの時のことをどういう気持ちで」
俺はそこで、続きを言えなくなって言葉を止めた。
深呼吸をひとつ。
お母さんの気持ちを想像したところで、つらい気分になるだけだ。
やめよう。
俺は、調査に関係する点だけを話すことにした。
「……それに、心情的なことじゃなくて、どうしても確認したいこともある」
「山田先生との、ことだね?」
間髪いれないミノリの問いに、頷きながら続ける。
「そう。もし仮に、それが今回の動機になっていたとして……ヒカルが反対していて、それが原因であの時の二人に繋がっていたなら、根っこの部分を確認したいんだ。ひどいことをするけどさ」
そうだ、ヒカルのお母さんにとって、聞かれたくないことだろう。
親父が、人様に迷惑をかけるなと言ってくれたが、どうやらその注意を守ることはできそうにない。
「引っ越し先、金子先生なら知ってるかもしれないけど、でも多分、協力してくれないと思うよ」
「そうだろうな」
金子先生は、忘れたいと言って逃げるように帰っていった。その先生に、ヒカルのお母さんのことを質問しても、無駄だということはわかる。
どうやって、見つけるか……。
「ざるになります。この後、デザートをお持ちしてお食事は終わりですが、何か追加なさいますか?」
店員が、蕎麦を運んできてくれた。
「あ、大丈夫です」
ミノリが答え、テーブルにはざる蕎麦が置かれた。そして、少し遅れて蕎麦湯が運ばれてくる。
二人で蕎麦を食べ、ほぼ同時に声を出す。
「うまい」
「おいしい」
ずるずるとご行儀悪く食べる俺は、あっという間に蕎麦を平らげた。
蕎麦湯を飲みながら、ヒカルのお母さんのことを考える。
そういえば……スナックをやっていて、カホの酒屋の隣だった……当然、お酒はカホのところで買っていただろう。
「ヒカルのお母さんのこと、カホのお父さん、知っているかもと思うけどどうかな?」
俺の問いに、蕎麦を食べ終えたミノリが目を輝かせた。
「あ、それ。それはあると思う」
「七日、聞いてみよう」
デザートのわらび餅が、運ばれてきた。




