グループチャット
チヒロは、夕方には家にいないといけないということで、ランチを終えてユウが送っていってくれた。
「大丈夫、わたしが送っていくから」
こう言った彼女から、尾道に戻った時はお店を使うことを約束させられた……。
「六月七日、予約をいれておいて」
ミノリが勝手に予約をいれ、ユウとチヒロは駅前にあるコインパーキングへと向かった。
俺たちは、まだ帰るのも早いなと感じて、せっかくなので美観地区を散歩しながら、これまでの情報を整理して、いくつかのルートを考えてみようということになった。
美観地区入口という交差点を、左へと曲がるとまるで時代劇のセットかと思う街並みが広がっている。歩きながら、俺はアプリに書き込んでいたこれまでのまとめを、LINEのグループに共有した。
道の端っこに寄り、すばやく内容を読んだミノリだったが、すぐそこにあったスイーツ店へと入る。
少し待つと彼女は、青い色が珍しいソフトクリームを右手に、スマートフォンを左手に店から出てきた。
「ちょっと、どっかに座ろう」
「青い色って、初めて見た」
「デニムの色だって。デニムソフト」
「……どんな味?」
「あげないよ。ラムネ」
青い色が珍しいから聞いただけで、一口を求めていたわけじゃないんだけど……。
歩き出したミノリに誘われて、彼女の後ろを歩く。川を挟んで歴史ある建物が並ぶも、今は内部を改装して飲食店や土産物店、ギャラリーなどで使われているようだ。
川にかかる橋のひとつへと彼女は近づき、欄干に腰掛けると手招く。
隣に座ろうとした時、スマートフォンが振動したのでアプリを開く。
マナミからだった。彼女は二次会に来なかったが、ミノリが招待をしていて参加している。他に、エリとアカネも、ミノリの招待でグループに加わっていた。
『うちの両親に、保護者への説明会のこと聞いてみた』
『二回、あったそう。一回目は、警察の聞き取りがおこなわれた日の夜』
『二回目は、それから一週間か、それくらい後に』
ここで少し間が空く。
画面を見つめていると、マナミがメッセージを送ってきた。
『一回目の時は、協力を求める内容と、警察の調査が行われること』
『学校としては速やかな対応をしており、非はなかったこと』
『報道関係には、あれこれと話すなってこと』
『二回目は、児童たちの証言に嘘や思い込みがあり、警察の初動が混乱した』
『捜索は、そのせいで難航しているってこと』
『報道にはここでのことは話さないように』
『こんなことを校長先生が言ってたって、お母さんが覚えてた。ムカつかない?』
俺はその画面を見つめて、しばらく何も考えられなかった。
「わかってたことじゃん」
ミノリの言葉に、思わず彼女を見た。
「わかってたことじゃん」
「……」
俺はスマートフォンをズボンのポケットに突っ込み、ソフトクリームを食べるミノリの横に立つ。
そして、忘れられない記憶を口にした。
「全員に聞き取りがされた数日後、警察が俺ん家に来てさ、俺に優しい口調で言ったんだよ」
俺は、一呼吸して続ける。
「君は、本当に山田先生をあの日、見たのかな?」
「こういう時、嘘をついたらいけないんだよ」
「本当のことを、話しなさい……こう言われたんだよ」
「それって、もう嘘だと決めつけてない?」
俺は視線を川に転じて、観光客を乗せて下っていく川舟を目で追った。
頭の中では、どうしてあの時、俺はただ泣くだけだったんだろうか、ちゃんと説明できなかったんだろうかという疑問と後悔がぐるぐると回る。
「俺、その時はもう泣くばっかでさ。おふくろが警察に頭をさげて、謝った」
ミノリが何かを言おうとした時、スマートフォンが振動する。
俺たちは同時に、意識をスマートフォンに転じた。
トウマだ。
彼は、リョウタが招待してグループに参加している。
『保護者への説明会、クソみたいな内容だけど、一点。児童たち、という言葉、本当にそう言ったのか確認してほしい』
『聞き間違いじゃないことを知りたい』
トウマがどうして、そこを気にしているのかを俺は理解できた。
児童が、という言い方を校長がした場合、それはもう俺のことを意味している。
しかし、児童たち、という言い方を校長がした場合、複数の児童の証言という可能性が出てくる。この場合、俺だけじゃなく、他の誰かも警察に、あの日の出来事を話したのだ。
「でも、この校長はダメなやつ」
ミノリの感想。
彼女がそう思う理由は、一回目の説明会での発言だろう。
学校は速やかな対応をしていたから、悪くない。
ここに、当時の学校組織の問題が集約していると感じるのは、おかしなことじゃないだろう。
マナミから、メッセージが届いた。
『当時の記憶だからあやふや』
『でも、児童たちって言ってた気がするって』
少しの間で、追加のメッセージが送られてきた。
『児童たちの一部、て言ったかもって』
俺とミノリの視線が重なる。
トウマが、メッセージを送ってきた。
『複数が、あの日、ヒカルを見た』
『それを警察に話した』
『でも、警察は見つけられなかった』
『責任転嫁』
そう断じたトウマは、そこでメッセージを打つことをやめたようで、グループのチャットルームは更新を止めた。
ミノリが心地よい音を当てて、ソフトクリームのコーンを食べると立ち上がる。そして、自然と俺たちは橋をわたってから、川沿いの道を歩いた。
「イチくんのまとめ、わかりやすい」
「どうも」
「ヒカル君、どうして行方不明になったと思ってる? わたしは当然、山田先生との間に何かがあったと思ってる」
さらっと言われて、迷うことなく頷いた。
「当然、そう思ってる。だけど……」
俺はそこで、大人が子供に手をかけたと仮定した時、何が理由になるのかと悩む。さらに山田先生にとって、ヒカルは勤務先の小学校の生徒だ。
「わからないのが、動機なんだ。山田先生とヒカルのお母さんが例えば付き合っていたとして、そして仮にヒカルがそれに反対していたとして、それが原因になるかな? その場合、山田先生はお母さんともうまくいかなくなるし、疑いをもたれるし、いいことないだろ?」
「カっとなって突き飛ばしたら、斜面を転がって崖から落ちた。てのは?」
「捜索で見つかっているんじゃないか? その場合」
「ま、そうだよね……あ、あっちに行こう」
路地に入り、蔵が並ぶエリアを歩いていると、赤レンガの建物が左手に見えてきた。その建物の正面を見たいと思い、二人で角を曲がると、赤レンガの建物の正面には、代官所跡があり、正面奥にはつたに覆われた工場のようなものまで視界に入る。
歩きながら、ミノリが口を開いた。
「ヒカル君は、一人で裏山の山頂に向かったという可能性ない?」
「その場合、裏山で遊んでいた三人が見たんじゃないか?」
「だから、見たって伝えたけど、ガセ扱いされた。さっきの、保護者への説明、そういうのも入ってた」
可能性はなくはない。
だけど、それならリョウタとトウマが見たと言うはずだ。
俺は、思ったことをそのまま口にする。
「それだと、トウマとリョウタが見たと言わなかったことがおかしくなるだろ? あの夜、そんなこと言ってなかったから」
「あー、それはそうか」
「俺は……ヒカルは裏山までは行っていないと思う」
「じゃ、山田先生とヒカル君はどこに行ったの?」
「例えば、人に聞かれたくない話をしようと、学校の中を探したけど見つからない。人が少ない校舎裏、俺がいた……俺が二人を見たものだから、彼らは自然をよそおって階段をあがった。そして、誰も見ていない……あの細い道、登山道に繋がるあの道って、俺らが裏山に行く時くらいしか使わないだろうから、そこで何かを話した」
話しながら、あの時はやっぱり、ヒカルが山田先生を先導していたと思えていた。そして脳裏に、校舎裏から階段をあがり、登山道に繋がるまでの風景が蘇る。
二人は当時、あの道を歩いて学校から離れた。だけど、裏山まで行くと、誰かが遊んでいるかもしれないとヒカルは思った……思うか? いや、ヒカルなら、俺たちがよく遊んでいることを知っていたから、そこまでは行かないという判断をするのは、おかしなことじゃない。
クネクネしたあの道なら、二人が一緒にいることを、近くに行くまでわからないだろう。
そう、長い時間がかかる用事ではなかった。
ヒカルにとっては、そうだった。
ヒカルが山田先生へ何を話そうとしていたのか、あるいは、何かを渡すつもりだったのか?
ともかく、これは完全な推測だけど、お母さんと先生の関係が、あの日のヒカルを動かしていたのではないだろうか。
「もしかしたら、ヒカルは山田先生に、お母さんとのことをやめてくれ的な話をしたんじゃないかな?」
俺の想像に、ミノリは笑わず、つたに覆われた建物を眺めながら応える。
「それは、ありえるね。ありえる」
「先生は、相手にしなかった。例えばだけど、二人がそこで決定的な決裂をした。ヒカルは、お母さんとの関係をやめないなら、山田先生にとって不利になる何かを掴んでいた」
「想像力あるね?」
「真面目に考えてるんだけど」
苦笑した俺は、肩越しに俺を見た彼女の横顔が、何かを思いついたものだと感じて、言葉をとめる。
ミノリは少し、俯いた。
「思い出したこと、ある」
俺は質問したい気持ちをこらえて、彼女の言葉を待った。
ミノリは来た道を戻るように方向を変え、スマートフォンの画面を見ながら言う。
「山田先生て、その年の新学期と同時に他の学校に移ったんだった」
当然、俺はその時にはすでに福山市の松永に引っ越していて、小学校も転校していたので知らない情報だ。
「これって……万が一にだよ? でも、校長先生が学校に非はないって言ったことも繋がるんだけどね? もしあのことが理由で山田先生の勤務先が変わったのなら、校長先生よりもっと上の人たちが、動いたってことにならない?」
陰謀論だと笑うには、俺も彼女も当時のことは重い。
「その考えは、十分にあると思う」
俺の同意に、ミノリは頷くと地図アプリに視線を落とした。
どこに向かっているんだろう?
「となるとだよ? 問題を隠すっていうより、表に出せない違和感ごと、山田先生を別の学校へ動かした……みたいなことは、ありえるんじゃない?」
「ならないことはないだろうね。本当に、そういう考えのもとに動いていたなら」
「犯罪行為だった場合、さすがに隠さないよね?」
俺は肯定することができず、黙った。
「あ、あそこだ」
ミノリが向かっている目的地が、判明した。
深刻な話をしていたのに、彼女は倉敷プリンと看板があがっている店に入る。
呆れて外で待っていると、彼女が出てきた。
「あれ? 買わないの?」
「……尊敬するよ、その切替のすごさを」
「バカにしてんの?」
「いえ……買います」
せっかくなので、新幹線の中で食べるかと思い、きびだんごプリンを購入した。
それから、蔵を改装したとわかるカフェに入り、アイスコーヒーを頼む。
歩きながら話した内容を、スマートフォンでメモにして、グループ内で共有した。
エリが、すぐに反応する。
『そう! 山田先生、いなくなったよ!』
アカネが続く。
『たしか、木ノ庄のほうの学校だったと思う』
二人に続いたのは、ナオだった。
『本当に、お前らの推理がそう遠くなかった場合、キノには話せない』
画面を見て苦笑していると、リョウタからメッセージが入ってきた。
『今の推理だけでも、十分に話せないだろ』
ミノリが、大笑いする猫のスタンプを押し、皆がそれぞれに笑うポーズのスタンプを押した。
トウマが、真面目なメッセージを送ってくる。
『俺、引退した元上司がいるから、話をしてみる』
彼の送ってきた内容は、それだけだとよくわからなかった。
『引退した元上司? どういう人?』
俺が問うと、トウマはすぐに返してきた。
『元課長、二〇〇〇年当時は刑事だったはず』
俺は、頭にいくつも疑問符を浮かべた。
「あ、そうか。トウマ君、警察なの」
ミノリはそう言って、アイスコーヒーのストローをくわえる。
俺は、予想外の話に言葉が出てこない。
グループチャットでは、メッセージのやり取りがつづく。
『話してくれそうな人なの?』
エリの問いに、トウマはすぐに返信した。
『その人、俺にいろはを教えてくれた恩人』
彼は、さらに続ける。
『お前らが話をきくのは無理だろうけど、俺になら、話してくれるかも』
『話できたら、ここで共有するよ』
二十二時過ぎに、南千住五丁目の自宅に帰って来た。途中、スーパーの総菜コーナーで枝豆と冷奴、そして缶ビール二本を買っていたので、リビング兼食卓兼寝室の部屋へと入るとすぐ、テーブルの上にそれらを広げる。
テレビをつけて、ネットフリックスにログインする。それから、視聴中の映画の続きを再生した。
缶ビールを開けて、枝豆を食べる。
映画は、極寒の地で見つかった女性の死体が発端となるサスペンスで、好きな俳優が主人公だったので軽い気持ちで見始めた。
作中で、主人公の相棒はFBIの女性捜査官だ。
ふと、自分とミノリに重ねて苦笑した。
LINE電話の通知が入り、スマートフォンを操作する。
リョウタからで、グループチャットを使ってこないことから、他のメンバーには知られたくないことかと予感した。
「もしもし、田中です」
「あ、遅くにすまん、ちょっと、いいか?」
リョウタの声は、少しかすれていた。
「大丈夫」
俺は映画を一時停止して、枝豆を口に運ぶ。
「カズキ、会いたくないと」
それだけの短い言葉だったが、リョウタが粘り強くカズキを説得してくれていただろうと、声から伝わる疲労で察することができた。
「わかった。ありがとう、連絡してくれて」
「ごめん」
「やっぱり、俺に会いたくないって?」
「……ああ。ただ、伝言がある」
「伝言?」
会いたくないと言ったカズキが、何をリョウタに話した?
「あの日、カズキもヒカルを裏山で見ていない」
俺は、会わないと言ってきたカズキだが、それでもちゃんと情報をくれたことに感謝を覚える。
リョウタは、カズキから預かった伝言を続けて話した。
「それから、警察にそのことを話した。親にも」
彼は、そこで一呼吸をおいて、言う。
「あと、俺たちを巻き込むなと」
「わかった。ありがとう」
「イチ、カズキはお前を嫌っとるんじゃないけど……今さらなんだよって言っとったから」
「大丈夫。それは俺が一番、わかってる」
「ほいじゃ、来月な」
「ああ、ありがとう、連絡くれて」
LINE電話を終えて、映画を再生できないまま、缶ビールを飲み、冷奴を食べた。
残念だが、しかたない。
ともかく、前進したことがある。
当時、俺が二人を見た後、彼らは裏山の山頂には向かっていないことがわかった。子供たちの証言を警察がちゃんと信じていれば、関係ないところばかりを探す無駄はなかったはずなのに……。
そして、裏爺の証言だ。
彼も嘘をつこうと思って、あんな話をしていたわけじゃないようだった。
では、俺が二人を見た後、彼らはどこにいた?
あの階段をあがって、寺の脇を裏山まで歩く細い道の途中。
ここで俺は、先入観に縛られていたような気がして、瞬きをした。
俺は、そこで初めて考えた。
あの階段を上がった二人は、本当にそのまま裏山へ向かったのか。
ナオに呼ばれて俺が立ち去ったあと、二人が校舎裏へ戻ってきていたら?
可能性はなくはないけど、それなら誰かに見られていたんじゃないか?
俺はスマートフォンのメモを使って、検討というタイトルで疑問点を羅列した。
ヒカルと山田先生は、どうしてあの時、二人でいたのか?
ヒカルが山田先生を連れ出したという印象は、正しいのか?
二人は、どこにいたのか?
山田先生は、なぜ職員室にいたと嘘をついたのか?
俺以外に、警察に証言した子供は?
二人の後、校舎の影から焼却炉のほうへと出て来た人は無関係?
俺はそこで、手を一度、止めた。
警察があれだけ捜索したのに、発見されていない。
消防団の人たちも、捜索をしていた。
ヒカルは、いったいどこに消えた?
二本目の缶ビールに、手を伸ばす。
トウマから、メッセージが入った。
『来週のどこかで、元上司と会える。また報告する』
俺は、祈るような気持ちで、感謝を伝えるスタンプを返した。




