魔女の誕生
美純は、
かけつけた警察に、「毒殺の可能性」を提示した。
父は発作を起こすにはまだ若すぎるうえに、持病はない事、
にも関わらず発作のような死に方をしたのは、毒殺以外には考えられない、と。
嘔吐、吐血、そして痙攣。
これは神経毒の典型的な作用であり、通常の食中毒ではありえない症状であると。
であるならば、母が父方の実家から受け取った土産物の中に毒が仕込まれていたか、
あるいは、屋敷の中の食べ物に毒物を混ぜられたに違いないと。
美純は毅然とそう主張した。
しかし、
幼い彼女がそう力説しても、警察は真面目に取り合わなかった。
「きみは物知りだなあ。学校の成績も良いんだろうね。」
「お父さんを失ったことがよほどショックだったんだね。」
どんなに美純が理路整然と説明をしようと彼らは、
「所詮子供の言う事だ。取るに足らない。」と軽んじて一蹴したのであろう。
美純は大変屈辱的な気分だった。
結果的に、
司法解剖によって「リコリン」が検出されたため、
美純の理屈は正しかったわけだが…
だがしかし、毒物が「リコリン」であることが、
彼岸花から抽出される毒であることが、美純と伝恵にとっては悪い方に向かった。
色とりどりの花が咲いている、屋敷の庭。
そこには、野に咲く赤と白の彼岸花もあれば、様々な色をした交配種の彼岸花もあり、
更には、日本水仙、ラッパ水仙など、『リコリン』を含む草花は数多あった。
美純と伝恵は警察から、
『北条寛の遺産目当てのために毒殺した』と疑われた。
それを知らされた伝恵は、
「そんな…そんなことはしていません、絶対にしていません!
だって、だって…。そんな悍ましい事を愛する人にするだなんて、
私にはとてもできません!」
と、酷く取り乱して泣いた。
伝恵の言っている事は、決して間違っていないし、人として正しい。
美純は心から母に賛成し同情したが、それと同時に、
『母の性質では真犯人を解明することはおろか、容疑を跳ねのけられるかすら怪しい。
もうこの世の中には誰も、私を守ってくれる人はいない。
…だとしたら自分の身は自分で守るしかない。
私が母の代わりに戦うしかない!』
「それは暴論です!
水仙や彼岸花を庭に植えてあるからそれを毒殺に利用したというのであれば、
水仙や彼岸花を育てている人達はみんな殺人犯という事になります!」
「しかしだね…。現実として君達母子が生き残り、
お父様の莫大な遺産を相続する権利を得た事は、事実であるわけだよ。
お金持ちで、
華族の出で、
君の大好きなお父さんの遺産がねえ?」
「…ッ!」
父と自身の聖性を侮辱され、怒りのあまり言葉を失いかけたが、
それでも美純はめげずに、言葉をつづけた。
「だとしても、では何故チョコレートには神経毒が混ざっていたんですか?
一歩間違えれば、父だけではなく私と母も死ぬことになりますが?」
「残念だがそれはね、
『あのチョコレート一つ一つ全てに、毒が含まれていること』が確認されなければ、
成立しないんだよ。
それにね、
そもそも君達は、
あのチョコレート…ゴディバだっけ…?
それを食べてないって証言したじゃないかぁ…
なあ?そうだろう?
そしてお父さまは大好物のゴディバを食べた。
それがまさか、娘からの毒入りプレゼントとは知らずにねえ?」
『このヤロウ…!コイツは真犯人を解明する気概なんて最初からなくて、
死人に口無しを良い事に、父の後ろ盾を失い親戚から爪弾きにされている私達を、
何が何でも犯人として仕立て上げ、『北条一族』との軋轢だけはなんとしても避け、
手柄だけは自分達のものにして掠め取ろうとしているんだ…
この世に蔓延る醜い餓鬼め、呪われるがいい!』
「私達が父を殺せば確かに、私達は莫大な遺産を手にすることができます。
しかし遺産を相続する権利は私達だけにあるのではありません。
祖父母、おば・おじ、全てが遺産にありつける事になります。
勿論あなたの仰る通り多くは私達が相続する事になるでしょうが、
父の残した遺産の多さを考えると、他の北条一族にも多額の遺産が分配されます。
よって遺産目当ての殺人であるというあなたの理屈に従うならば、
北条一族全員に容疑を掛けるべきです。そもそもあなたの言ってる事は、
あなたの思い込みを多分に含んだ非科学的な憶測に過ぎません。
チョコレートが贈り物である以上、それを贈った人にも疑いは向けられるべきです。」
「だけどね、そのチョコレートがどこから手に入ったかどうかはわからないんだよ。」
「でしたらそれは、私達が毒殺したという確たる証拠も無い、ということですね。
私達がそのチョコレートの出所を知っていてもシラを切れば証拠不十分になりますし、
勿論、私も母もそのチョコレートの出所なんて知った事ではありませんが。」
「まだまだ幼いのにとても頭が良いんだねぇ。
歳は見たところ十歳か十二歳ぐらいかな?
こんなに頭がよかったら、
父親を毒殺するくらい造作もない事だろうねえ」
警官は頬杖をつき、卑俗な笑みを浮かべて美純を見た。
『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』




