種は発芽した
伝恵の涙が枯れ果てたのと同じ頃、美純の狂気も収まった。
というよりは、
魂が抜けたようにうなだれ、
床に膝をつき、座っている。
まるで、大きなビスクドールのように。
伝恵は、
美純の背を壁にもたれかけさせ、
黒電話で救急車と警察を呼んだ。
うっすらとした意識のなか。
かような悲劇のさなかですら、
人の心を置き去りにして、
淡々と進行していく世界に、
美純は孤独を感じた。
公的な手続きが母の手によって進められていく中、
ようやく現実を受け入れ始めた、美純。
あの激しい断末魔の事はあまりにも衝撃的すぎて、
ついさっきの事だというのに思い出せない。
だというのに、
父のあの顔だけが忘れられない。
涙に濡れて、
美純を見つめる父の顔。
そしてその目から、
すぅ…と光が消えていく、あの瞬間。
もう二度と、父は私を見てくれないのだ、と。
『ひょっとしたら今の私も、父と同じ顔をしているかもしれない。』
泣いた、泣くしかなかった、泣くことしかできなかった。
父と同じように、声もあげずに泣いた。
『そうしてたら、
私の体のなかで、
父の魂が蘇るんじゃないか。』
『そうしてたら、
父がどんなきもちだったのか、わかるんじゃないか。」
ほんとうにそうなるのではないかと、
そうおもって、泣いた。
ひたすらに泣いた。
声すらあげずに泣いた。
屋敷の外から、二種類のサイレンが聞こえる。
正直言って、このあたりの細かい事は覚えていない。
どう見たって父は死んでいるのだから、
救急隊員も「死亡確認」以上の事は言えないし、
警察だって、この状況だけを見たってなんとも言えないだろう。
ただ、警察のサイレンが聞こえる中、
薄ぼんやりとした意識のなか、
ハッキリと確信したことがある。
血の臭いの中に漂う、
チョコレートの甘い香り。
『父は毒殺された。犯人は、『金を喰らう豚』だ。』
その結論に至ったとき、
美純の心から悲しみが消えた。
その代わりに、
激しい憎悪と怒りが、
幼い美純の心を支配した。
サイレンの赤色が点滅しながら近づいてくるたび、
美純の中に、
焦燥感にも似た、
強い力が湧いてきた。
「もはや悲しんでいる場合ではない。敵を見つけなければ!」




