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世忌花娘 【完結済.全58話・約125000文字】  作者: 仲渡 温紀


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豚たちの沈黙

そして事態は悪化した。

父方の親戚が示し合わせたかのように、

美純と伝恵にとって、

不利な証言をしはじめたのだ。


「北条伝恵が親戚から土産物を受け取ったとき、

夫の好物であるチョコレートの包みだけを開封し、

瓶に入った『なにか』を混ぜるところを目撃した」、と。


物的証拠がなくとも、状況証拠だけは多数出揃っているこの状況は、

母を『容疑者』にするには充分すぎるほどだ。

きっとあの醜い豚共は気がづいたのだ。

真犯人が誰であれ伝恵を冤罪に陥れることが、

自分達の遺産分配に大変有利であることに。

伝恵が寛を遺産目当てで毒殺したとあらば、相続権は祖父母に移る。

祖父母が寿命を迎えて死ねば、おじ・おばの手元に、莫大な遺産が分配される。

そして親族一同結束し、年寄二人を自然死に見せかけるなど造作もない事。


『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』


餓鬼共の目論見どおり、伝恵に容疑がかけられた。

伝恵は痛ましいほどに狼狽していた。

口を痙攣させ、

全身をガクガクと震わせ、

激しく瞬きをしながら、震える声でこう言った。


「え…そ、そんな…わ、わたくし、そ、そんなこと、しておりませんわ…

そんな、そんな…そ、そもそも、わたくし、しんせきのみなさん、に、から、

おみやげをもらっ、いただいた、とき、いちどかにど、ことわった、の、ですよ。

ことわったに、ちがいありません、のよ…な、なのに、夫の、好物に、

ど、毒の瓶を、混ぜるなんて…ああ、なんで、そんな、

怖ろしい事ができましょうか…! …そんな…そんな!

あ、ありえませんわ…ありえませんわ、ありえませんわ!」


半泣きになりながら、

呼吸困難に陥ったようにどもり、

青白い顔で釈明する伝恵。

痛ましいほどの、失意の表情。

その時ばかりは美純も怒りを忘れ、母を哀む他なかった。

そしておそらくこれも、奴らの計算の内。

伝恵は決して愚鈍ではないが、おっとりとした性分で、権謀術数にはめっぽう弱いのだ。

そういった彼女の性質を利用して一家を泥沼にハメ、自白を促すつもりなのだ。

私から母を引き離し留置所に拘禁し、精神的に追い詰めて自白をさせればよい、

そのように考えたに違いないのだ。

そして彼らの目論見通り伝恵は「容疑者」となり、留置所に拘禁された。


美純は、溢れる怒りや寂しさをぐっと堪え、留置所へと連れていかれる母を励ました。


「お母さま、気を強くもって。留置所でどれだけ尋問されようと、

ただ『黙秘します』とだけ言っていればよいのよ。

お母さまは無実なのだから、黙っていたって不利な事になんかならないわ。

そして私達は、身も心も華族なの。

お母様。マリー・アントワネットはタンプルの塔に幽閉されても、

最期まで決して気高さを失わなかったというわ。

私達もまさに今、そうあるべきなのよ。

そして彼女とは違って、私達は決して、罰せられたりなんかしないわ!

必ず真犯人が掴まってなにもかもが元通りになる、そう信じて。

お母さまが連れていかれることは、とても悲しく寂しいけれど、

美純は決して負けません。

だからお母さまも、負けないで!」


娘の激励が効いたのか、

青ざめ、恐怖し、強張っていた伝恵の顔が、

いつもと同じ優しさと、柔らかさを取り戻した。

伝恵は心底愛おしそうな顔で、


「ありがとう、美純。あなたの言う通り、母さん、決して負けないわ。

真犯人が捕まるまで、絶対に自白したりなんかしない。

美純…四国のお爺ちゃんお婆ちゃんの所へ手紙を出して、

事情を伝えて、しばらくお世話になりなさい。

母さんの事は、心配しなくていいから。」

と、美純を諭した。

その優しい瞳には、慈愛だけではなく、凄みが宿っていた。

伝恵はのんびりとしてはいるが、大変粘り強く、忍耐強い。

寛への愛が、あるいは寛を殺された怒りが、

時間差で彼女を覚醒させたのかもしれない。

『母は決して、負けない。』

美純は彼女の瞳を見て、そう確信した。


『私も逃げずに、戦わねば…!』


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