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世忌花娘 【完結済.全58話・約125000文字】  作者: 仲渡 温紀


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11/20

私は決して忘れない

伝恵と引き離された美純はひとり、屋敷に留まっていた。

別れ際、伝恵は「実家に連絡」しろと美純に言ったが、

しかし彼女は、ここで出来る事がまだ残されていると考えていた。

それに、

四国の祖父母や親戚に、余計な心配はかけたくない。

そして何より、

留置所へと連れていかれた無実の母を置いて、

自分一人だけ安穏と暮らすだなど、到底できるわけがない。

だったら真犯人を見つけ父の無念を晴らすためにも、ここに留まるしかない。

父を殺され、

母を人殺し扱いされ、

そして美純は、世界を憎んだ。


……


殺人事件とはいえやんごとなき家柄同士の出来事。

誰が口止めしたかは知らないが、

事件は表沙汰にはならず、

ラジオやニュース番組で放送されることもなかった。

当然、伝恵が容疑者であることも秘匿された。

幸いにもその状況は、

『四国の親戚に知られて心配をかけたくない』という、

美純の思惑とは不気味にも一致していた。

しかしおしなべて、人の口に戸は建てられぬ。

事が四国の親戚に知られることは無かったが、

『北条伝恵が遺産欲しさに夫を殺した』という噂は、街中に広まった。

一体誰がそんな事を知り誰が口走ったのか。

その噂の出所がどこか美純には完全に検討がついていたが、

かといってそれだけでどうにか出来る訳でもあらぬ。

そして噂話というものは得てして、尾ひれ背びれがつき脚色されるもの。


「北条伝恵は遺産目当てで北条寛と結婚し、そして殺した。」」

「北条伝恵は元娼婦であり、金目当てに北条寛をたぶらかした。」

「北条伝恵は娘の育てている花から毒を採り、それを夫に飲ませた」

「北条美純は怖ろしい娘で、花の毒で父を殺すよう、母を唆した。」

「北条美純は伝恵の娼婦時代に生まれた子で、北条寛と血は繋がっていない」

「北条美純は父に色目を使いたぶらかし腑抜けにし、宝飾品を山盛り買わせた。」

「北条美純の学校成績が良いのは、父を毒殺するアイデアを集めるためだった。」

「北条伝恵とその娘は旦那と父がいながら、二人そろって娼婦をしていた。」

「二人を買った男曰く、ふたりは梅毒に掛かっていたので、逃げたそうだ。」


「北条伝恵は魔女であり、北条美純はその使い魔である。」


屋敷の木は折られ、

花は踏みにじられ、

ゴミを投げ捨てられ、

外壁には、

「夫殺し」

「父殺し」

「アバズレ母子」

「梅毒母子」

「人でなし」

「早く罪を認めろ」

「悪魔は地獄に堕ちろ」

等と心無い落書きをされた。美純は屋敷の中からそれらを眺めていた。


『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』


街を歩けば、どこからともなく石を投げられた。

あたりを見渡しても、誰も知らんぷり。

子供からは罵詈雑言を浴びせかけられ、

大人はこれ見よがしにヒソヒソ話を始めた。


『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』


八百屋や肉屋で買い物をしようにも、

わざとらしく睨みつけられながら、

「臭くてたまらない」と言わんばかりに鼻をつままれ、

腐りかけの野菜と肉の一切れに、大きなお金を払わなくてはならなかった。

手渡す際も、包みの端をつまんで地面に放り投げられた。

飢え死にしないためにもそれを拾うしかなかった。

惨めな娘の姿を見て、大人がそれを嘲笑う。

屈辱感に打ちひしがれながらも、毅然と食料を拾う美純。


弱者を虐げる事に快楽をおぼえる、人間の本性。


『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』


植物に詳しい美純は、園芸植物にも食べられるものがあると知っていた。

そして毒草ですら、然るべき処置を取れば食べられることを知っていた。

例えば、彼岸花の球根に含まれる毒は水溶性であるため、

水さらしをしっかりと行ったうえで調理すれば、

澱粉質に富み食べられる…等という事を沢山知っていた。

庭に生えた雑草も食べられるものは食べ、

夜中誰もいないのを見計らって、

野草を探り当ててそれを食料にした。


『呪われよ!地獄に堕ちるがいい!』


そして美純は腹を括った。

相手が手段を選ばないのならば、こちらも刺し違える覚悟を持たねば。


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