私の汚い手で咲いた花
そして生垣の向こうに、小学生たちが現れた。
しかし今度は、事情が違う。
数人の体格の大きな男の子が、美咲という少女を取り囲んでいる。
「おい、鉄仮面女!おまえ、性格がブスなんだよ!」
「お高くとまった顔しやがって。ムカつくんだよ!」
「へへ、泥団子を顔にぶつけてやりゃあ、鉄仮面もはがれるんじゃねえか?」
三人が泥団子を投げようとした瞬間、
「やめなさい!」
ドスの利いた伝恵の声が、辺り一面に響く。
悪ガキどもは、魂消て逃げていった。
「大丈夫?」
「…余計な事しないでください。あれくらい、自分でなんとか出来ますから。」
「あらそう。じゃあ、なんでそんなに泣いているの?悲しいんじゃないの?」
「これは…単なる花粉症です。」
「そう。突然な花粉症ね。だけど、これからどうするつもり?
あの子達、またしつこくあなたに意地悪するかもよ。
「大丈夫です!ひとりでなんとかできます!」
「ううん、それは無理よ。だって考えてごらんなさい。
彼らの体格は、あなたと比べてとても大きい。しかも三人がかり。
自分でどうにかするって、では具体的にどうするつもりなの?」
「それは…」
「何もかも一人で解決する必要はないの。
親や先生や大人に相談して、守ってもらえばいいの。
一人で生きていける人間なんていないんだから。
だからこんなにも大勢、人間はたくさんいるんだから。
そうそう、優実君だっけ?菖蒲のお花は見せてくれたの?」
「…いいえ。昨日、彼に酷い事を言ったこと、ちょっと申し訳ないと思って、
菖蒲のお花を見せてほしいって言ったら、断られちゃって…。それから彼、
ちょっと変なんです。友達とバカな話してるかと思ったら、
急にひとりで読書をはじめたり、なんか、一人でいることが多くなって、
それで、ちょっと話づらくって…。」
「この前、あなたが彼に向かって、『一人じゃ何もできない癖に』と言ったじゃない?
そう言われてもちろん彼は傷ついただろうけど、
ひょっとしたら心を入れ替えて、
『一人でも何かできる男』になろうとしてるんじゃないかしら?
だからね、大丈夫。
きっと彼は、あなたさえ心を許せば、必ず心を開いてくれるわ。」
「…はい、参考にします。あの、ところで、無礼な質問だとは思うんですど、
お子さんとうまくいってないんですか…?」
「あら…おほほ。」
「…すみません。では、私はこれで失礼します。」
伝恵は、少女の洞察力に関心していた。
「ひょっとして、美純さんに似ているんじゃないですか?」
「ええ。寛さんが生きていた頃を思い出しましたわ。
ところで、彼女のボーイフレンド…優実くんだったかしら?
彼も、優一君によく似ているんじゃなくて?」
「ははは…そうですね。気は弱そうですけど、献身的でひたむきですね。
僕も、慈与が生きていた頃の事を、彼ら彼女らを見ていて、思い出します。」
「どんなに辛い事があっても、時が流れてふと思い出せば、
懐かしかったり温かかったり、優しかったり…。
そういうふうに、なっていくものなのですね。」
「ええ、きっとそうです。
一時は、慈与や優一の後を追おうかと思っていたけれど…
だけど今は、彼らの思い出を、優しさや温もりでいっぱいにしたい…
そう考えいます。思い出の数が、ごく限られたものであったとしても。
伝恵さん、あなたに会えてよかった。お陰で僕は、そのように考えていられる。」
「ふふふ…どういたしまして。これぞ『縁』ですわね。」
…………
昼下がり。賑やかな少年少女達の声が聞こえる。
悪ガキ三人と、
女の子や男の子がそれぞれ数人、
そして美咲と優実が、賑やかに下校していた。
「美咲ちゃん、優実くん、結婚おめでとう!」
「よ!おしどり夫婦!焼けちゃうぜ!」
「うるさいわねえ!結婚はまだしてないから!」
「えー?まだしてないって事は、いつかするって事なんだな!」
「ッ!うるさいうるさい!泥団子投げるわよ!」
「照れ隠しすんなって!おら優実!お前も夫としてガツンと言ってやれ!」
「え…?あ、うん、かわいいよ、美咲ちゃん。」
「きゃー!ラブラブぅー!」
「や、やめてよね!人前でこっぱずかしい!」
「だ、だけど美咲ちゃん、じゃあなんで、花輪を外さないの?」
「…ッ!こ、これはこれで気に入ってるの!別に結婚したからでも、
優実と付き合ってるからじゃないわ!ただ、見た目が可愛いからつけてるだけ!」
「うん、似合ってるよ!今度はもっと、豪華な花輪をつくってあげる!」
「いいわよ…自分でつくるわよ。貰ってばかりじゃ私のプライドが許さないしね。」
「オイオイ、この期に及んで照れ隠しすんなって!
もうお前達は付き合うことになったんだからよ!」
「うるっさいわねえ、ほんとうにあんたたちは…!
優実、あなたも私の彼氏なんだったら、私を守りなさい!」
「え…?だけど、僕達が付き合ってるのは本当でしょ?
「もう!そういう話じゃないの!私をからかう不届き者を、
やっつけてと言ってるの!」
「ははは!さっそく夫婦喧嘩かよ!」
「夫婦漫才だな!犬も食わないってか?」
「あー、もう!うるさい!優実、こいつらの居ない所に行きましょう!
菖蒲の花、見せてくれる約束だったでしょ?」
「うん!満開だよ!」
頭に花輪をのせた少年少女が、
手をつなぎ、
遠くまで駆けていった。
伝恵と誠生は、
その様子を、
屋敷の縁側で、
ゆったりと眺めていた。




