縁。必然的な末路
復讐を成就した彼女は、壊れた人形のように虚ろでした。
復讐を成し遂げた時点で、生命力を使い果たしてしまったのでしょう。
かつて楽しんでいた楽器演奏や絵画すら放り出し、
ただ庭の花を眺めるばかり。
そんな、静寂と停滞に満ち溢れた月日が、十年以上、続きました。
楽器や絵は、自分の手を動かさなければならないけれど、
花や木や草は、勝手に育って勝手に咲いてくれるから…
そう思ったのかもしれません。
だけどもし、彼女にとってそれ以上の意味があるとしたら、
花々を見る事で、自分の中の美しさを思い出そうとしていたか、
あるいは、自分の犯した罪や穢れの数々に、思いを馳せていたのかもしれません。
そして、寛との思い出がつまったその庭を眺める事で、
意図せずとも、父との繋がりを実感していたのかもしれません。
しかし今となっては、
もう何もわかりません。
娘は私とほとんど私と口を効かなかったし、
おざなりな態度に腹を立てた私が、
当てつけに死に装束みたいな浴衣を送っても、
『これは浴衣であって死に装束ではないし、
白が死人の色だなんて他人が勝手に決めた事だし、
それに、白は花の色彩を邪魔しない色だから、それでいい。
これからも白い浴衣を買ってきて」と、
私のちょっとした悪意すら、気にもとめなくらいでしたから…。
でもね、ひとつだけ印象的というか、強烈な出来事がありました。
死に装束みたいな浴衣を渡してしまった事について、
ばつが悪くなった私は、
娘に指輪やネックレスや簪を、プレゼントしたんですの。
だけど娘はそれに強く激怒して、投げ捨てました。
私は何故そんな事をされたのか理解できなくて、
『ただただあなたに喜んでほしいかっただけなのに、何故そんな事をするの?』
と思って、涙を流しながら、彼女の顔をじっと見たのです。
すると彼女もまるで子供のような、悲しい、だけど優しい顔をしたのです。
しかしすぐにいつもの目つきに戻って、投げた宝石をさっさと拾い上げ、
箱の中に戻して、そそくさとその場から離れていったのですけど…。
今だからこそ解る事ですが、
彼女にとって『煌びやかな宝飾品』とは、『醜悪さ』のメタファーだったのですね。
質素な身なりを好み、芸術に勤しみ、草花を育て、自然を愛していた彼女の日常を、
『煌びやかで醜悪な人々』が、奪ったわけですから。
だから私のやった事は、余計なお世話でしかなかったのでしょうね。
だけどあの時、彼女が悲しく優しい瞳をした事は、
彼女がまだ、『愛』や『優しさ』を失っていない何よりの証だったのだと、
私は今、強く確信しています。
それからね、誠生さん。
私、あなたのご子息を、優一さんを一目見たとき、心の底から吃驚しましたよ。
もう、本当に。
だって、寛に、私の夫の若いころに、瓜二つだったんですもの。生き写しのように。
それからね、似ているのは姿形だけではありません。
派手好きで遊び好きなところも、夫の若い所にそっくりです。
更に言うと、美純に恋した途端、身なりを質素にした事も、酷似しています。
一度、優一さんが美純の元に訪れた事がありましたの。
とは言っても、私は買い物帰りに、ほんの少し見かけた程度ですから、
詳しい事はわかりません。
だけど一つだけハッキリと覚えているのは、、
小刀の落ちた縁側で、美純が、『お父さんのバカ』と、泣き声をあげていた事です。
きっと彼女は優一さんの中に、
『亡き父』と『幼き自分』を、見つけてしまったのでしょう。
何であれば、彼に恋をしてしまったのかもしれません。
だけど彼女にとっては、『愛』も『恋』も、
拒絶すべき敵でしかなかったのでしょう。
『誰かを愛すれば、また、誰かを喪失する悲しみを味わう事になるから』、
そう思ったのでしょう。
亡き父に生き写しの男が、豪奢な服や貴金属を、
『醜悪のメタファー』を身に纏っている。
美純にとって、これ以上屈辱的な事は無かったでしょう。
彼女が優一さんを激しく拒絶したであろう事は、想像に難くありません。
そして優一さんは美純の拒絶も含めて、
彼女を全て受け入れようとしたのでしょう。
そしてそんな彼の態度に、彼女は、怒りと憎しみと敵意を抱いたでしょう。
でも、決してそれだけではなかったはずです。
『愛』や『優しさ』や、いろんなものを思い出していたに違いありません。
だから『父さんのバカ』と、優一さんの前で泣き叫んでいたのです。
だからね、誠生さん。優一さんは娘に、
『人間らしい温かみ』を、与えてくださったのだと思うわ。
そして娘は、人として大事なものを捨て去ってしまった自分に嫌気がさして、
そして、自殺したのです…。
もし、寛が毒殺されていなければ…
もし、慈与さんが事故にあわなければ…
二人は現世で結ばれ、幸せに生きた事でしょう…。
私の過去と思いは、以上です。つまらない話を、ごめんなさいね。」
誠生は伝恵の話に聞き入って、
彼女が話し終えた後も、
しばらく黙って、物思いに耽っていた。
「あの、お嬢さんの…美純さんのお写真は、ないのですか?」
「すみませんが、手元にはありません。だけど、
あの『落ちぶれ屋敷』の中が、売りに出した時のままであれば、
そこに娘の写真はあるはずです。」
「さようですか…。ではもう一度、
お屋敷へと御一緒させてもらってもよろしいですか?」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。」




