母の推理
ただ…。失われた人の事を思い出すのは、
それが愛する人であるならひとしお、悲しいきもちになりますわね。
寛は、北条一族の中でもとりわけ資産持ちでした。
そしてそれゆえに、遺産目当てで、毒殺されました。
寛を殺した毒は、親戚から贈られたチョコレートの中に、混ざっていました。
おそらく、私達一家もろとも、毒殺するつもりだったのでしょう。
私はある事情で、そのチョコレートを口にしませんでした。
そして美純は、あの一族の事を蛇蝎の如く嫌っていたので、
『そんなものを口にしたら、魂が汚れる』とでも思っていたのでしょう。
見向きもしませんでした。
そして死んだのは、チョコレートを口にした、私の夫だけ。
私は事情ゆえに、美純は拒絶故に、命拾いをしたのです。
私達母子はどこまでも、寛に守られました。
そして、どこまでも鈍く、あたふたとして、ただ泣いて暮らしていた私とは違って、
美純はどこまでも鋭く、強さと賢さを失いませんでした。いいえ、
それまで以上に、強く賢く、そして鋭くなりました。
警察の不当な尋問にも屈せず、、毅然と理路整然と、彼らの主張を跳ねのけました。
私がさめざめと泣いている傍らで、涙はおろか、悲しい顔ひとつ見せず、
ひたすたらに宙を見つめ…いいえ、あれはきっと、睨んでいたのでしょう。
『敵の姿』を。
彼女はまだ十歳とか十二歳にも関わらず、寛の死とその状況から、
『遺産目当てのための毒殺』であると、早くから見抜いていました。
そして私は、どんな悲惨な状況にあっても、理性や態度を失わない彼女の事を、
ただただ、『なんて強くて賢いんだろう!頼もしいわ!』と、
どこまでも、頓珍漢に考えていたのです。
私からすれば頼もしくても、彼女からすれば、
『愚鈍で弱くて頼りにならない』、だったでしょうね。
父を殺され失った悲しみを、幼い彼女は受け止める事ができなかった。
だから悲しみを乗り越える為、怒りと憎しみを燃やし続けた。
そうしなければ、心を保つことが出来なかったのでしょう。
『なんとしてでも、真犯人を見つけてやる!』
それこそが、彼女の生きるモチベーションだったのです。
ひょっとしたらそこにはもう、父への思いなど、無かったのかもしれません。
いいえ、『父の優しい思い出や悲しみなぞ、私の心を苛む邪魔者だ。敵だ。』
とすら思っていたかもしれません。
そして北条一族や世間は、私達母子に、更に惨い仕打ちを与えました。
北条一族全員が結託して、私に不利な証言をしたのです。
私は、濡れ衣を着せられました。
『手渡された土産物の中に、北条伝恵が、毒物を混入させていた』…と。
もちろん、これはでっちあげです。
彼らは気づいたのでしょう。
ここで真犯人を暴くよりも、私を真犯人に仕立て上げれば、自分達に有利だと。
物証はなくとも状況証拠が多数、出揃ったわけです。
私は、留置所暮らしを余儀なくされました。私と美純は、離れ離れになりました。
そして私はこれ以上、彼女に苦しんで欲しくはなかった。
だから、私の実家へ避難するよう、勧めました。
しかし彼女は、屋敷に留まる事を選んだのです。
美純にとっては、田舎に避難するなど、
『敵前逃亡』以外の何物でもなかったのでしょう。
だから屋敷にとどまり、真犯人解明のために、独りで暮らすことを選んだ。
私は留置所に拘禁されていた為、彼女がどんな思いをしていたか、わかりませんでした…。
しかし、私が釈放された当時の状況から考えるに、
想像を絶するような苦しみを、世間から与えられたに違いありません。
私が出所した後耳にしたのは、心無い噂話の数々でした。
そして屋敷へ帰ると、木は折られ、花は踏みにじられ、庭にはゴミが投げ捨てられ、
外壁には、人が人に掛ける言葉とは思えないほど醜悪な言葉が、
ペンキやスプレーで、書き連ねられていたのです。
そして当時は、家の花々が滅茶苦茶になっているのを見て、
心無い人達に傷めつけられただけだと思っていましたが…違和感がありました。
スコップで植物を掘り返したような跡や、ハサミで植物を切った跡があったのです。
弱い者虐めが楽しいからと言って、わざわざスコップやハサミを用意して、
わざわざ屋敷までやってくる者がいるでしょうか…?
拘禁の最中、娘と面会した日、娘の顔には痣ができ腫れていました。
おそらく乱暴されたか、石でも投げられたか…。
そして、根も葉も心も無い噂話の数々と、壁面の落書き。
これらの状況を整理すると、私が思うに美純は、
『庭の花を食べた』のだと思います。
理由はひとつ。『食料が手に入らなかったから』です。
おそらく街の人々は、彼女を冷たくあしらい、
食料を買い求める彼女を拒絶したのではないでしょうか。
そして食料を探し求めた彼女は、
やむを得なく、庭の植物や、外にある野草や雑草を食べ、命を繋ぎとめた。
彼女は植物に関して大変博識でした。
毒のある植物ない植物。また、毒草の中にも、
然るべき方法を取れば食べられるものもあると、知っていました。
世間から蔑まれ虐められ、食料すら許されず、
庭の花や雑草を食べ、飢えを誤魔化していた幼い彼女の姿を想像すると…。
彼女がこの世を拒絶するのも、仕方の無い事だと思います。




