私は鈍い女なのです。
涙ぐむ誠生に、伝恵が答える。
『これは私の考えですが…優一さんは、確かに自殺をしました。
だけどおそらくそれは、苦しみによるものではありません。
彼は、自殺した美純と一緒になるために、
自らも命を絶ち、彼女の後を追い、そして彼岸にて結ばれた。
さきほど申しましたが、美純が自殺した時は、
あの彼岸花は、一輪しか咲いていませんでした。
しかし今は、ひとつの花茎に、ふたつの花が咲いている。
ふたりとも同じ屋敷で、おなじ死に方をして。
そして彼岸花は、一輪ではなく、二輪の奇形花になる。
きっとそれは、二人が結ばれた…。そういうことなのだと思います。
だから優一さんは、満足しながら死んでいったのではないでしょうか。
そして美純は生前、優一さんを『罰した』のだと思います。
彼女は過去のトラウマから、外面ばかり取り繕う人間の事を、嫌っていましたから。
お話を伺っていて、確信しました。
美純は優一さんを断罪し、そして彼はそんな美純を好きになった。
もし彼が、罰を望んで生きていたのだとしたら、
美純ほど相応しい女はいないでしょう。
彼は美純と出会い謗られ罵倒され、
そして生まれて初めて、願いを叶えられたのだと思います。
彼女の『拒絶』は、優一さんにとっては『赦し』だったのでしょう。
とにかく優一さんが自殺したのは、自罰のためでも苦しみのためでもありません。
愛の為に死んでいったのです。
もちろんこれは私の憶測ですし、死人に口無しとはよく言ったもの。
生者にとって都合の良い解釈をする他ない、としか。」
「だ、だけどそれじゃあ、美純さんは…美純さんはどうして亡くなったのですか…?
まさか、優一に言い寄られたのが苦しくて、自殺したのでは…?」
「それは正直言って、多少はあるかもしれません。けど、安心してください。
どのみち彼女は、全てを拒絶することでしか、自分を保てなかったのです。
そんな彼女が最後に拒絶するものがあるとしたら…それは、『自分』です。
彼女は、世界を拒絶するあまり、己の僅かな穢れにも嫌気がさし、
そして、生きる事すら拒絶したのだと思いますわ。
ですから、優一さんだけが原因とは思えません。
少なくとも言える事は、
彼岸にて、美純は、優一さんと結ばれたということだけです。」
娘の死に関しても、
毅然かつ理路整然としている彼女を見て、
誠生は彼女に興味が湧いた。
「伝恵さん。僕は、あなたに僕の過去や思いを話しました。
よろしければ、あなたの過去や思いも、僕に話して頂けませんか?」
「よろしいですわ。けど正直言って、
私の出自に、面白みはまったくありません。
波乱万丈だとか、そういうものとは無縁の場所で、
無菌培養されて育ったものですから。
私は四国の田舎、それも山中のとある村で暮らしていました。
そこは情報の出入りが極度に遅く少なく、
だからこそ、村の人々は大人から子供に至るまで、みな一様に朴訥で、
大戦中にあっても、『お国の為に』だなんて言う人間は一人もいませんでしたし、
僻地中の僻地ゆえに赤紙すら誰一人として届くことはなく、
貧しさゆえに娘を身売りに出す親もおらず、
自然に恵まれ、
稲が不作になることはなく、
野山には木の実がそこら中に成り、
食べ物に困る事もありませんでした。
ラジオを持っている家すら限られていたので、
東京大空襲で人が沢山死んだとか、広島や長崎に原爆が落ちたとか、
敗北宣言が言われたとか、そんなことを聞かされても、
異国の御伽噺ぐらいにしか思えないほどに、恵まれた場所で育っていたのです。
お陰様で、私は『鈍い女』になることが出来ました。
そして学問を志した私は、都会の大学へと進学しました。
どこまでも鈍い私は、
周りの女学生が恋やお洒落の話をしていてもついていけなかったので、
友達をつくらずひたすらに勉学に励み、
実家から贈られる作物に助けられながらも、
アルバイトをしながら学校生活を送っていました。
そんな私の悩みと言えば、
院に進学しようか、それとも生活のために就職しようかくらいのものでした。
学問に心躍らせる以外は、大変つまらない大学生活を送っていたのです。
ところがそんな私にも、予期せぬ出会いがあったのです。
今は亡き夫、北条寛との出会いです。」




