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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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ふたりの結末

出迎えてくれたのは、優一の父『西郷誠生』だった。

彼の電話での取り乱しようが、私の決意を後押しした。

駅で会った彼は決して取り乱してはいなかったが、

しかし酷く思いつめた顔をしていた。

「こんにちは、西郷誠生さん。北条伝恵です。

この度は、御子息の事について、ご連絡いただきありがとうございます。」

「お、お礼など…。こちらの方こそ、朝早くから、

あのように無礼極まりない電話を寄こしてしまい、申し訳ございませんでした。」

「…つかぬ話ですが、

何故、

わたくしの実家の電話番号なぞご存じだったのです?

私は実家の事を、よそに教えた覚えはありませんが。」

「大変申し訳ありません。

実は僕が、

北条さんが売りに出したお屋敷を、

買い取らせて頂いたのです。

僕の息子に、強く頼まれまして…。

北条伝恵さん。

優一は、お嬢様の事を愛していたようです。

息子が『あの土地は、僕の愛する人との唯一の繋がりだから』といって、

僕にあのお屋敷を買い取るよう、頼んだので、僕が買い取らせてもらったのです。

ですが…ですが、屋敷のどこにも、優一がいないのです。

息子の血痕だけは、黒ずむことなく、鮮やかな色をしているのに…。

そして、こんな事を言っても信じては貰えないでしょうが…

その血痕のうえに、

『ひとつの花茎に、ふたつの花を咲かせた奇形の彼岸花』が、

まるでずっと昔からそこに植わっていたかのように、

鮮やかに咲いているのです。

世界中の、ありとあらゆる赤が混ざった、この世のものとは思えぬ姿をして…

すみません、質問に答えていませんでしたね。

そのような経緯があったものですから、

何か息子に関する手がかりがないかと、

お屋敷の中を、調べさせてもらったたのです。

その中に、伝恵さんの御実家との手紙が御座いましたので、

そこから住所を知り、通信会社に頼み込んで、電話番号を調べさせて頂いたのです。

誠に申し訳ございませんでした。」

「いいえ、構いません。何もかも放り出して屋敷を売ったのはわたくしですし、

それを持ち主がどうこうしようと自由ですから。

それよりもこちらの方こそ、詳しい事情をお話頂いてありがとうございます。

そのうえで、残酷を承知ではっきりと現実をお伝えします。

あなたのご子息は、優一さんは、自殺によって亡くなりました。

…おそらく、私の娘の後を追うために。」


誠生の顔が驚愕と悲壮感に歪む。

しかし忽ち現実を受け入れたのか、

落ち着いた、しかし涙を強く抑えているかのような顔をした。


「…なんとなく、息子が死んだであろうことは、予期していました。

状況が、不自然ですから…。しかしながら、

あなたの言う事を疑っているわけではないのですが、

何故、お嬢さんと優一が自殺したのだと、

確信を持っておられるのですか?」

「…とにかく屋敷へ向かいましょう。

そこで何があったのか、それまでに何が起こったのか、

事実も私の想像も何もかもすべてお話いたします。」


………


ある落ちぶれた華族の屋敷に、色とりどりの花が咲いていた。

苧環、海老根、桔梗、熊谷草、菖蒲など和の趣のある花から、

マーガレット、オルラヤ、三色すみれ、アネモネなど洋風の花まで、

広い敷地いちめんに、春の花が咲いていた。

外構には、山法師、山桜、乙女椿、たいさんぼく、

そしてジャカランタやジューンベリーやオリーヴ、

そして鉄扇や風車、藤の花や忍冬など、

蔓の花が木々に絡んで咲くその真下には、

石楠花や躑躅に梔子、薔薇や牡丹などの低木が、

春爛漫と言わんばかりに、色鮮やかに咲いている。

枯山水の通路には、レンガタイルの飛び石が敷かれており、、

睡蓮や蓮の池に鎮座する鹿威し、

そして苔むした池の周りに、いくつかの紫陽花。

庭園の様子は和洋折衷でありながら、

不思議にも、違和感なく調和していた。

この世の穢れを拒絶する、美の調和が支配する聖域。

聴こえてくるのは、

鳥の囀りや蛙の鳴き声、虫の音色、

そしてそれらの木霊だけ。

塗装の剥げた漆喰の壁に、ひび割れた瓦屋根の大きな屋敷。

それを喰らい尽くすかのように、

凌霄花や琉球朝顔、時計草が屋敷を覆う。


時を経ても鮮やかな血痕の上に咲く、

『奇形の彼岸花』。

それは、

美純がいなくなった時に見たそれよりも、

より色鮮やかで、

まるで極楽浄土から零れ落ちた花であるかのように、

後光すら纏っているかのような美しさがあった。


「…やはり優一さんは、後追い自殺をしたのです。

かつて私の娘がいなくなった時も、今回と全く同じ事が起こりました。

血は鮮やかなのに遺体がない。遺体はないのに、血痕だけが夥しく広がっている。

そしてまるで大昔からずっとそこにあったかのように、彼岸花が咲いている。

そして娘が死んだときに咲いた彼岸花は、『一輪』だけでした。

しかし今は、

『一つの花茎に、ふたつの花を咲かせる奇形の彼岸花』へと変わっている。

美純も優一さんも、鮮やかな血だけをこの世に残して死んだ。

娘が自殺し優一さんも後を追った。

そして二人の思いは、『奇形の彼岸花』として成就した。

私には、そのようにしか思えないのです。」

「左様ですか…。まさか、そんなことが…。」

「…それから誠生さん。私の方こそ謝らなければならないことが。

美純が消えた後、優一さんが、ここへと訪れた事があったのです。

彼は美純の在りかを尋ね、そして彼女への思いを…

『美純を愛している』と、そう、私に告げたのです。

ですが、私が掛けた言葉は、突き放すような、冷たい言葉でした。

『美純は死ぬべくして死んだのだ。

あの娘は、我が母の事さえ鈍い女と蔑むような、誰の事も愛せない女なのだと。

父を一族の手によって殺されたそのときから、優しさや愛といった人間の心を捨て去り、

この世を呪い『拒絶』することでしか、生きられぬようになった妖怪なのだと。

そしてあなたは悪い妖怪に化かされているだけなのだ、と。

悪い事は言わないから、さっさと妖怪の事なんか忘れて、新しい女性を探しなさい。』と、

そう言ったんです。

私の目に映る優一さんは、美純とは向きこそ違えど、

大変美しい魂の持主ゆえに、歪んでいて危うい…

私にはそのように見えたのです。

そんな彼を、北条家の悲劇に巻き込みたくなかった。

だから、彼を突き放した。

すると彼は子供のように泣きじゃくってらこう言いました。

『僕には美純以外は考えられない。それほど彼女の事を愛している。

世間が彼女の事を何と言おうと僕は気にしない。

だけど実の母であるあなたが、娘の事を、

愛を知らないとか妖怪だとか言うのは間違いだ。

だってあなたは、彼女の「母さん」なのだから』と。

あれほど礼儀正しい彼が、面識のない私に向かって『母さん』という言葉を使う。

そのことに違和感はありました。

だけど私の心の中は、

『北条家の悲劇に、彼まで巻き込んではならない』、

その思いでいっぱいでした。

だから私はどこまでも冷たく、彼の涙を無視しました。

…私は娘に拒絶されるのが怖くて、彼女に対して何もしてやれなかった。

我が身可愛さに、抱きしめることすらしなかった。

…だから私は、不本意ながら毅然とした態度をとり、彼に厳しい言葉をかけた。

それこそが、彼を救うのだと信じて疑わずに。

だけど私は、ただただ、

何か良い事をした、という気になりたかっただけたったのでしょう。

彼は、そんな私を謗りました。

『あなたがそんな風にして娘から逃げたが故に、美純は死んだのだ。

美純の苦しみに、心から寄り添おうとしなかったから、美純は死んだのだ』、と。

私はそれを聞いて、胸を刺される思いでした。

何故なら彼の言った事は、すべて本当だからです。

そして私を詰る彼の姿はまるで、

『寂しい思いをさせた母の事を、悪く言う子供のよう』でした。

彼が子供のように泣き喚くのを見て、私も泣きました。

障子ごしに彼を見ながら、泣いていました。

だというのに、『これがもっとも正しい行いなのだ』と、

この期に及んで自分の行いを美化していました。

私は娘の思っていた通り、『鈍い女』なのでしょう。

本当は、彼を抱きしめながら涙したくて仕方なかったのに、

どこまでも、自分の心を誤魔化し続けたのです。

あの時の彼にもっとも必要だったこと、

それは、美純を失った悲しみを、共に分かち合う事だったのです。

品行方正な彼が、私の事を『お母様』ではなく『母さん』と呼ぶ。

それが何を意味するのか、私はもっと敏く気づくべきでした。

きっと彼は、『母さん』を幼いころに失っていたのですね。

そして『母さん』の事が、好きで好きで堪らなかったのでしょうね。

そして彼は、愛する女の母に対しても、『母さん』を求めていた。

そして私は、彼がそれを望んでいるのだと薄々感じていながら、

残酷にも、冷たく突き放した。

…誠生さん。

優一さんが自殺した原因の一端は、私にもあります。

だけど私には、あなたに謝罪をする他に、出来る事はもうありません。」


伝恵は誠生に向かって、

深々と一礼しながら、

「ごめんなさい」と言った。


それを見て誠生は、

「滅相もございません!むしろ、息子の事をそんなに深く思って頂けて…

…とても嬉しい気持ちです。ほんとうに、ほんとうに…。」

と、悲痛に強張っていた心と体が、

僅かではあるが、ほぐされるような思いがした。


北条伝恵。

その姿や立ち居振る舞いはおっとりとして見えて、

彼女の淀みない言葉と声には、どこが凄みがあった。

多くの悲しみを抱えているであろうに、

恭しく、それでいて毅然とした態度。

彼は、その姿が不思議でたまらなかった。

それでいて、

牡丹の花のような彼女の佇まいを見て、

誠生は自分の思いや過去について、『知って欲しい』と強く思った。


「伝恵さん。もしよろしければ、

もし時間が空いているのであれば…

僕の過去や思いについて、語らせてもらえませんか。」

「是非お願いします。それを求めて故郷からやってきたのですから。

時間は余るほどありますから、どうぞご遠慮なく。悦んでお聞きいたします。」

「では少し、場所を移してもよろしいでしょうか。

僕の家に、お越し願えないでしょうか。」

「ええ。ご案内よろしくおねがいします。」


誠生は自家用車にて、

伝恵を助手席へと乗せ、屋敷へと向かった。


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