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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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例え実らぬ愛だとしても

ある落ちぶれた華族の屋敷に、色とりどりの花が咲いていた。

苧環、海老根、桔梗、熊谷草、菖蒲など和の趣のある花から、

マーガレット、オルラヤ、三色すみれ、アネモネなど洋風の花まで、

広い敷地いちめんに、春の花が咲いていた。

外構には、山法師、山桜、乙女椿、たいさんぼく、

そしてジャカランタやジューンベリーやオリーヴ、

そして鉄扇や風車、藤の花や忍冬など、

蔓の花が木々に絡んで咲くその真下には、

石楠花や躑躅に梔子、薔薇や牡丹などの低木が、

春爛漫と言わんばかりに、色鮮やかに咲いている。

枯山水の通路には、レンガタイルの飛び石が敷かれており、、

睡蓮や蓮の池に鎮座する鹿威し、

そして苔むした池の周りに、いくつかの紫陽花。

庭園の様子は和洋折衷でありながら、

不思議にも、違和感なく調和していた。

この世の穢れを拒絶する、美の調和が支配する聖域。

聴こえてくるのは、

鳥の囀りや蛙の鳴き声、虫の音色、

そしてそれらの木霊だけ。

塗装の剥げた漆喰の壁に、ひび割れた瓦屋根の大きな屋敷。

それを喰らい尽くすかのように、

凌霄花や琉球朝顔、時計草が屋敷を覆う。


だけど結局、僕は美純と一緒になることは出来なかった。

だって彼女は、自ら死を選び、僕を拒絶したのだから。

僕は、彼女が存在しているという事だけで幸せだった。

彼女が言葉の刃で、僕の心を切り裂こうとするのも幸せだった。

だけど結局、いきさつはどうであれ、美純は死んでしまった。

僕は母さんを失った、

そして愛する女性も失った。

ひょっとしたら僕は、

彼女に「愛している」という資格すら、ないのかもしれない。

美純の瞳の中に、僕は「拒絶」を見た。

ならば僕は、その拒絶をも甘美なものとして受け止め、

彼女のもとを去るべきではなかったのか。

母が、

ただただ僕の生存を望んでその身を犠牲にしたように、

僕も、

ただただ彼女の存在を愛おしんで、立ち去るべきではなかったのか。

僕はやはり、母さんのように愛情深く美しく生きられそうにない。

愛しているからと言って、

好きだからと言って、

その人の心に、土足で踏み入ってもいいわけじゃない。

踏みつけたり傷つけたりしていいわけじゃない。

母さんのこの言葉がどういう意味なのか、

最愛の人を失って、ようやく気が付いたよ。

だけどね母さん、

そして、僕の愛しい美純。

僕はほんの少しだけ、成長したんだよ。

それがなにかって、僕はもう、自分を呪ってはいないってこと。

自分の事を『母さんを殺した加害者』とか、

『生まれてこなければよかった』とか、

『呪われている』とか『罪を償う』とか、

僕はもう、そんな風に自分の事を考えてないんだ。

だから母さんの事だけじゃなく、

美純の事についても、自分を呪ったりしない。

母さんが望んでそうしたように、

美純もまた、望んでそうしたのだろうから。

僕は結局、

耐えきれない悲しみに『罪科』とか『贖罪』とかいう名前をつけて、

それを耐え忍ぼうとしただけ。

だけどそれがいつの間にか、がんじがらめになって…。

愛は愛のまま、悲しみは悲しみのまま、

ただ単にそう受け取れば良かっただけなんだ。

僕は悲しみのあまりに、

『自分は罰せられるべき存在だ』と他者からの罰を欲し、

自分に都合のいいふうに、世界を捏造していただけなんだ。

だけど本当に大事なものは、そんなところにはなかったんだね。

愛は愛として、

愛から生まれたものは愛から生まれたものとして、受け止める力。

母さんから与えられた愛にはじまり、

そして美純への愛が、それを僕に教えてくれたよ。

どうだい、少しは成長したと思わないかい、美純?

そこにいるんだろう?

真っ赤な美しい姿で。

僕も、君とおなじところへ行くよ。

…父さん、最後まで悪い息子で、ごめんなさい。

父さんが、僕を深く愛してくれていた事が、今ならハッキリとわかります。

複雑な思いを抱きながらも、僕を愛そうとしてくれた。

これが立派な愛だと、今の僕にはわかります。

僕が、『父さんに嫌われて当然だ』と自分をせめながらも、

心の底では、父さんから愛されることを望んでいたように。

だけど今の僕はもう、

使いすぎて壊れたピエロ人形のように、生きる力がわかないのです。

父さんならきっと、それでも僕を見捨てたりはしないのでしょう。

壊れた僕を、その命のある限り、守ってくれるのでしょう。

しかし僕はどうしても、

愛する人と一緒になりたいのです。

それ以外はなにも考えられないのです。

僕の人生最後の我侭を、お許しください。

僕は、愛のために死にます。

彼女のように魂の美しい女は、この世に二人といないから。

僕はもう、彼女と一緒になることしか考えられないから。

彼女と同じ場所へゆけるのなら『死』だって怖くない。

そして、美純。

僕が思うに、きっと君は、僕が嫌いで死んだわけじゃない。

君は他者を拒絶して拒絶して、

そして、最後には自分をも拒絶して死んだのだ。

美純、僕を侮ってはいけないよ。

君は間違いなく、僕に恋をしていた。

僕は、女の恋する顔を、この目で沢山見てきた。

刹那のあいだ、君が僕に見せたあの瞳は、

恋する女の顔そのものだった。


僕が、

罰してほしいと願いならも愛してほしいと願っていたように、

君もまた、

愛を怖れ拒絶していても、それでも『誰かに愛されたい』と願ってやまない、

温かく血の通った、独りの女性だった。

そして君は、その魂の美しさ故に愛すら拒絶し、

そんな自分にすら穢れを感じて死んだのだ。

ごめんね、美純。

僕が君と関わったが故に、君を死なせてしまった。

僕が身を引いてさえいれば、君は死ななかったのかもしれない。

だけどね、美純。

僕はそんな君の気高さが、好きで好きで堪らなかったんだよ。

それが僕の我侭だって事はわかっている、だけど、

それでもどうしようもないほど君の事が好きなんだ、愛しているんだ。

もし君と再開して、生前と同じように『拒絶』されたとしても、

今の僕ならきっと『拒絶する君ごと』、愛することができると思う。

君が去れと言うのなら僕は去る。

君が消えろと言うのなら僕は消える。

君の言う事に今度こそ、すべて従ってみせるよ。

そのために僕は死ぬ。

これはきっと歪な愛だろう。

だから美純。

あの世でもいっぱい、僕のダメなところを叱ってね。

きっといつか、君の美しさに似合ういい男になるからさ。

もし、僕を叱るのすら嫌だったら…。

せめて君の事を、

遠くで眺めるくらいは許してくれないかな。


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