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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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大いなる父の赦し

一年が経ち、

留年の通知が父に届き、

そして、

優一のマンションに、誠生がやってきた


「…留年したんだってな、優一。」

その質問には、咎める様子が一切なかった。

「ああ、そうだよ。

父さんからの仕送りで講義にも参加せず煙草を吹かし、

酒を呑み、賭博をし、キャバレーやホステスに通い、

そして構内の女をナンパして、

父さんが借りてくれたこのマンションで、毎晩毎晩ちがう女を抱いてたんだ。」

叱ってくれと言わんばかりに、己の罪状を並べたてる優一。

しかし父は微笑みながら、こう答えた。

「それも立派な社会勉強だぞ。

父さんは大学には行ったことがないからわからないが、

学校で学ぶことだけが、全てな訳じゃない。

一人暮らしをして、大学の中でいろんな思いをしてきたんだろう?

それも立派な『勉強』だ。」

どこまでも包容的な父親の態度に戸惑いながらも、

それが何故なのか解せなくて、

優一は、あえて嘘をでっちあげた。

「じゃあ、泥酔するほど酒を呑ませて、避妊もせず乱暴したのも社会勉強なの?

妊娠させた女を見捨てたのも、社会勉強なの?」

誠生は、少し呆れたように笑った。

「優一、お前はそんな事をする男じゃない。」

「なんでそんな事が父さんにわかるのさ!?」

誠生は優一の顔をじっと見つめて、こう言った。


「慈与の産んだ、子だからだよ。

死んだ慈与が残してくれた、一番の宝物だからだよ。

お前の目は、慈与の生き写しだ。

お前の魂の美しさは、慈与そのものだ。

父さんは信じてるぞ。お前の心の美しさを。」


それを聞いて、優一は激怒した

「い、いまさら何を言うんだ!僕の事を、

『母さんを殺した悪魔』だと思ってる癖に!

『お前なんか産まれなければよかったのに』と思っている癖に、

な、なにを今更…!そうさ、そう思っているに決まってる!

僕を信頼する理由として母さんの名前を挙げたのは、

僕の事を見てるのでも信頼してるのでもない!

僕の事じゃなくて母さんの事をいつまでも思ってるからだ!

本当は僕の事なんかどうでも良くて、

かといって妻の形見を粗末に扱うのが思い憚られるから、

僕の事を捨てられないだけだろう!?けどねえ、よかったじゃないか!

『講義も受けずに留年した放蕩息子』を家から追放したって、世間も父さんも、

それが正当だと思えるでしょう!?

母さんの庭をコンクリートで真っ白に塗りつぶしたように、

僕の事だってきれいさっぱり忘れて、新しい奥さんでもつくって、

なにもかも無かったことにしたらいい!僕はねえ、父さんが、

僕の事を『母さんを殺した悪魔』だと、

『産まれなければ良かったのに』と思ってくれていると信じてたからこそ、

世間の人に尽くしたり、愛嬌を振り向いたり、

苦しみにも耐えて耐えて頑張ってきたんだ!

僕は人殺しだ、だから僕に幸せになる権利はない、なのに…なのに、

みんな僕の事を罰することはおろか、称賛するんだ!

優しくて賢いからって特別扱いしたり、

『御曹司』とか『夜伽の王子様』とか言って誉めそやすばかりで、

誰も僕を罰してくれなかったんだ!

そんな僕の心の『空洞』に気づいてほしくて、

でも気づかれてしまうのも怖くて、人との温もりや繋がりで、

そんな僕の『空洞』を埋め合わせる他なくて、

そうやって自分の罪から逃げる自分も嫌で嫌でたまらなくて、父さんが家にいないあいだ、

毎日毎日自分の醜さに、吐き気を感じながら生きてきたんだ!

そして、そして、それでも、世間のいう『御曹司』の姿を捨てて、

新しい場所で『嫌な人間』として振舞おうとしても結果はおなじ、

誰も…誰も、僕の事を裁いてくれなんかしなかった…。だけど、

だけど、父さんだけは違うでしょう!?父さんは、

僕の事を『母さんを殺した悪魔』、『お前なんか産まれなければよかった』

って言ってくれるでしょう!?そう思ってたから、

母さんが生きてるときは夕食までには家に帰ってきたのに、

母さんが死んだ途端、僕の事なんか忘れたように、

仕事が忙しいからって、僕を見捨てたんでしょう!?

ねえ、父さんは、父さんだけは、僕の事を悪く言ってくれるよね!?

そうだよね!ねえ、僕に言ってよ、

『お前にはもう愛想が尽きた。お前はもう俺の息子じゃない。勘当だ。』って。

ねえ、そう言ってよ!僕を罰してよ!ねえ、父さん、父さん!」


半狂乱になりながら、

断罪を欲する息子の声を聞いて、

裏返った声で子供のように泣きじゃくり、

血を吐くように叫んでいる息子を見て、

誠生は居ても立ってもいられず、

涙を流しながら、優一を抱きしめた。


「すまん…すまん、優一!ぜんぶ父さんが悪い、ぜんぶ父さんが悪いんだ!

優一、お前は何も悪くないんだよ!

確かにお前の言う通り、一度は『お前さえいなければ』とか、

『母さんが死んだのはお前のせいだ』とか、思ったことはある。

でもな、でもな…父さんは、父さんはそれでも、お前を愛していたよ!

ごめんなあ、さみしかったよなあ…!

夜中、ひとりで屋敷にいるのは寂しかったよなあ!

父さんはな、あの家に慈与がいないって事を実感するのが、怖かったんだ。

だから、夜遅くまで家に帰ってこなかったんだ。、

父さんがほんの少しでもお前の事を悪く思うたびに、

お前はそれに気づいてしまうだろうと、

お前を悲しませてしまうだろうと思うと、

それが怖くて、お前から逃げてしまったんだ。

きっと慈与が死んだとき、父さんがお前にかけた言葉…。そう、

『慈与はどのみち長くは生きることは出来なかったのだから、

お前を守って死ねたことは本望だ』って父さんが励ましたとき、

お前は『そう自分に言い聞かせているだけだ』と思っていただろう?

そうだ、そうだ、お前の思った通りだ、父さんは、父さんは、卑怯者だ。

息子がこんなに苦しい思いをしていることにすら気づかず、

自分の心の痛みばかりを気にして、

なにもかも見て見ぬフリをしてきた、卑怯者なんだ、父親失格なんだ!

…優一、それでもお前が、自分を責めるんだったら、

『母さんを殺したのは僕だ』と、

『僕なんか産まれなければよかった』と自分を責めるんだったら、

せめて、父さんの事も責めてくれ。

父さんの事はいくら責めてもいいから、

優一、優一…せめてお前の事は、お前の事だけは…許してくれないか。

そうやって自分を苦しめるお前を見ていると、

父さん、苦しくて苦しくて、たまらないんだよ!

…なあ、優一。今からでも遅くない…やりなおそう。

一緒に夕飯を食べて、

一緒に外を歩いて、

一緒に声楽を習って、

一緒に母さんの愛した庭をつくりなおして、

一緒に家族の思い出を作り直そう…なあ、優一…」


それを聞いて優一は、泣き叫んだ。


「と、父さんは卑怯だよ、なにを今さら、そんなふうに謝ってさぁ、

遅いんだよお!…もっと早く、僕がまだ幼かったころに、

そう言ってくれたら、僕だって救われたのに…

父さんの…父さんの、バカあああああああああああああああああああああああ!」


父子二人は、

抱きしめあいながら、

嗚咽をあげながら、

しばらくのあいだ、泣き続けた。

十何年ぶりの、親子の時間だった。


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