主よ、我を罰したまえ
優一は、
東京にある最も偏差値の高い大学に入学し、
そして、豪華な賃貸マンションにて暮らしていた。
優一は、とにかく実家から離れたかった。
知り合いのいない場所へと行きたかった。
新しい環境で、
『イヤな男』として世間から嫌われ石を投げつけて貰うため、
地元の知り合いが誰もいないであろう、東京の大学を選んだ。
しかし父が、
学費を全額前払いし、
高級な賃貸マンションまで用意し、
家財を新調するお金だけではなく、
家賃から小遣いまで用意してくれたのは、何故なのか。
その事だけは、いくら考えても優一には理解できなかった。
『父さんは僕を嫌っているだろうに、何故こんなにも良くしてくれているの?』
しかしそれはともかく、
これで、
いろんな人から嫌われる為の、素地が出来あがったわけだ。
授業をサボり、
煙草や飲酒や女遊びに耽り、
夜の街を練り歩き、
これ見よがしに、ブランド物や貴金属を身につける。
勉強なんか一切せず、
父から与えられた高級マンションで、
朝が来るまで女を抱き、
そして夕方頃、目覚めたらまた貪りあい…。
そして優一が留年した暁には、
誠生の方もすっかり、優一との縁を切ることが出来るだろう。
『放蕩息子を追放する』、これほどの大義名分もあるまい。
優一は、
爛々とした新鮮な気持ちで、大学の敷地を跨いだ。
そして始業式にも講義にも参加せず、
サボりの先輩達が屯している場所へと、一目散へと駆け寄った。
しかしそこで感じたのは、
背徳を犯す胸の高鳴りでも、悪事を共に行う連帯感の心地よさでもなかった。
『違和感』、そして『疎外感。』
優一はそこに、
『混沌』以外の何ものも、見いだすことは出来なかった。
彼らと同じように、
だらしなく振舞い、
『悪徳』を演じてみようと試みるも、
彼らの評価と言えば、
「なぁに上品ぶってんだよ、お坊ちゃま。講義さぼってる癖にさァ。」
「そうそう。そんなに肩肘張ってないで、もっとダラァっとしていろってば。」
取り繕うように笑う優一の肩を引き寄せて、煙草を勧める先輩達。
勧められるがままに煙草を吸ってみたものの、
気道に入り、むせ返った。
粗野で下品な声で笑う、サボり魔達の先輩達。
『しかしこれは通過儀礼だ』と直感し、
優一は、
先輩の動作を観察し、自身もそれに倣った。
スゥ―ッと煙が胸と肺に満たされ、
頭の中がボンヤリとして、多幸感に包まれる。
そして口から解放される、『嘆き』。
先輩達はそんな優一を見て、
「おっ、やるじゃねぇか」と、ニタニタ顔で笑った。
それから、
そのサボり魔の先輩達から、いろんな遊びを教えてもらった。
酒、
賭博、
ホステス、
キャバレー、
性風俗、
ナンパ、
そして、行きずりの女との一夜。
それらは、優一の心をワクワクさせた。
しかし優一は、
その先輩達と、仲良くなろうとだけは思えなかった。
一通りの事を教わった後、彼らとは疎遠になった。
『世間から罰せられるには、手近な女を抱くのが手っ取り早いのではないか。』
と考えた優一は、大学構内の女生徒をナンパするようになった。
かつて『御曹司』として評された、
彼の立ち居振る舞いや所作、
言葉遣いや物腰は、
例えそれが、
ナンパという俗的な行いの時でさえ、
まるで社交界のエスコートであるかの如く、
女性達の目にはに映った。
例の先輩達や性風俗の女達から「女を扱う方法」を教わった彼は、
彼らの手法を正確に真似るだけではなく、
アレンジを加え感覚を研ぎ澄ますことによって、女達をこのうえなく悦ばせた。
高級マンションのロマンティックな部屋で、
スタイルの良いコーカソイド風の美男から、極上のもてなしを受けた女達。
講義に出ず、
遊び惚け、
大学構内の女にまで手を出しても、
どこまでも彼は女達から歓迎された。
もはや優一が何もしなくとも、
向こうから、女が沢山やってくる。
遊び慣れた女達も、
平凡そうな女達も、
初心で勇気を振り絞った女まで、さまざまな女が優一を求めてやってくる。
『いっその事、乱暴にしてやろうか』と、
よからぬ思いがよぎった瞬間、
頭痛と共に、ある女の声が聞こえた。
「私達は、その世界の数々を馬鹿にして蔑ろにしたり、
踏み躙って苦しみを与えたり、
好きだからとか、愛しているからと言って土足で踏み入って汚したり…。
絶対に、そんな事をして生きてはいけないの。
この世界に生きている人々の数だけ、世界が存在するの。
そして私達人間は、
その世界の数々を認めあって、
この世界の皆が、その人らしく生きられるように、しなくてはならないのよ。」
『う、うるさい、だれだ、お前は!僕の脳みそに、土足で入り込んでくるな…!
僕が何をしようと、僕の自由だ!』
そうして優一は、
自身の悪評が構内に響き渡るよう、
乱暴に、激しく女を扱うようになった。
しかしそれも、
『彼のそれは、禁忌的な悦びを提供しようとする、最大級のエスコートである。
乱暴に見えても、『女』に対する奉仕と、最大限のリスペクトがあるのだ』と、
彼の露悪的な行いさえ、女達は好意的に称した。
苦痛を与えてやる!と意気込む度に、
あの女の声が耳に木霊して、
結局、
悦びを与える事しか、出来ないのだ。
冷徹な声で『帰れ』と言い放とうにも、
あの女の声が洗脳のように眩暈をさせて、
結局彼は、
労いと感謝の言葉と、タクシー代を渡してしまうのだ。
そうして彼は、
大学構内の女達から、『夜伽の王子様』と呼ばれるようになってしまった。
『これでは罰にならないじゃないか!
ただただ僕は無秩序に性欲を解消し、
ハーレムのように女を囲う、単なる破廉恥漢ではないか!
いいや、破廉恥漢ならまだマシだ。
だって僕は…だって僕は、人殺しじゃないか!
こんなの僕の望んだ結果じゃない!
僕は、
世間から石を投げられたいんだ、責められたいんだ、弾劾してほしいんだ!
どうすれば僕は罰して貰えるの!?どこに行けば僕は罰せられるの!
それとも、誰も、何も、僕を罰してはくれないの?
ぼくは、ぼくは…人殺しなのに!』




