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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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放蕩の出エジプト記

得てして世間は、

人に『ラベル』や『値札』を貼り、

その人の事について、知ったふうになりたがるものである、

優一の『空洞』とは無関係に時は流れ、

優一は、中学へと高校へ進学した。


小学校高学年の頃から、頻繁に起こっていた事ではあるのだが、

中学高校となると、第二次性徴なのか思春期だからなのか、

まるで呪いのように毎日、

大量の恋文を渡されたり、

愛の告白を受けたり、

優一は正直、ウンザリとしていた。

『僕は誰とも結ばれちゃいけないんだ。放っておいてくれ。』

と内心思ってはいたが、そこは人の良い優一の事。

『あなたのきもちはとても嬉しい。だけど、ごめんなさい。

僕はまだ、恋心というものを、よく知らないのです。

だから、あなたとは付き合えません。ごめんなさい。

あなたに素敵な出会いがあるように、祈っています。それでは』。と、

届いた恋文ひとつひとつ全てに返事を送り、

告白に対しても、そのように答えた。

それでも時折、執拗に追い縋ってくる女生徒がいた。

そういう時は、

心底鬱陶しく思いながらも、

ひたすらに『ごめんなさい』と言いつづけ、

諦めてくれるまで、待つしかなかった。

彼の行いは内心はどうあれ、『紳士そのもの』であった。

頭脳明晰で運動神経抜群で、

踊りや舞いを得意とし、

少年らしさの残った甘いテノールの歌声に、

コーカソイド風のハンサムな顔だちと、映画俳優のような体躯。

年齢を重ねるごとに、

彼の『男』としての魅力は、

本人の意志や努力とは無関係に磨かれていった。

世間から見て、

あまりにも完璧すぎる優一は、

やがて、

『大手印刷会社の御曹司』と、称されるようになった。


『僕は御曹司なんかじゃない。だって僕は、呪われているから。

父さんから嫌われて蔑まれるのが、僕が受けるべき罪なんだ。

だからこれ以上、「御曹司」だなんて仇名で、僕を呼ばないでくれ!』


恋文や告白以外の、

友達との談笑、他者との交流。

それは、優一の『空洞』を埋めてくれた。

しかしそれも、

忽ち自己嫌悪へと、変貌する。

自らの『空洞』を誰にも悟られまいと奔走しながら、

『空洞』を埋めるため他者との繋がりを求め、

一方で、

『この空洞に、誰か気づいてほしい!』と、渇望している。

知られたくないのに、知ってほしい。

知ってほしいのに、知られたくない。

このエゴイズムと幼稚性を埋め合わせる為に、他者と繋がろうとする。

『己の罪』からなんとしても逃れようとする、さもしさ。

この自己矛盾と醜さに気づくたび、

優一は思わず、、

胃袋の中身をすべてぶちまけてしまいそうな程の、吐き気に襲われた。

帰宅して一人になると、

優一は、

毎日のように吐き気に襲われ、

今にもせりあがり、

口から吐き出されそうな胃の中身を必死に押さえつけ、耐えていた。

そして、

それを毎日繰り返していくたび、優一は悟った。


「世間が僕を『御曹司』と呼ぶのは、

『世界が僕を否定している証拠』なんだ。

僕の苦しみに関係なく、皆が『御曹司』と僕を呼ぶのは、

『お前の苦しみなど、世界にとってはどうでも良い事なのだ』と、

世界が教えてくれている証なのだ。

苦しみを知られたくないと思いながら、

苦しみを知られたいと思っている。

そして他者と繋がる事で、己の醜さから目を背けようとする、その欺瞞。

この醜い欺瞞こそが、僕の正体なのだ。

そして僕の欺瞞は、他者の善意によって、裁かれている。

この一連の苦しみこそ、神が僕に与えた『贖罪』なんだ。

感謝します、神様。

慈悲深き主は、

僕を磔にするでもなく、

火刑にするのでもなく、

ギロチンに処すのでもない。

『善意』という甘美な贖罪を、あなたは僕に、与えてくださったのです。主よ。

大いなる神よ。あなたの慈悲に感謝します。」

優一は、

多くの女子生徒からモテるのにも関わらず、

その誰とも付き合おうとしなかった。

以前、

『学校で一番の美人』から告白を受けたことがあったものの、

優一は彼女を見ても、

生理的反応こそすれど、

『愛』とか『恋』とか、そんな感銘は受けなかった。

『僕は誰とも結ばれてはいけない』という彼の思いもさながら、

どの女子生徒を見ても、

優一には顔の造作以外、区別がつかなかったのだ。

これは大変傲慢な考え方であると、

彼自身もわかっていることではあるのだが、

どうにも彼女達は、

優一の『御曹司としての顔』に恋をしているか、

あるいは、

美化された『西郷優一像』に恋しているようにしか、見えなかったのである

自身の罪科を、

他者との繋がりで薄めようとしている優一には、彼女達はお似合いなのかもしれない。

だけど、

好意もないのに付き合うのはなおさら、

『罪』以外のなにものでもないと思われるし、

断る以外に、何も出来る事は無かった。


そして、思春期の『男』なら皆そろって目を真っ赤にし、

興味を持つであろう、自慰について。

それについて、優一は、ずっと前から知っていた。

優一としても、

ふとしたきっかけで、

度々下腹部を熱く怒張させ、

切羽詰まったきもちになることもあったが、

もしそれらにお熱をあげ実行してしまったら、

自分の中で何かが失われ、

世界が変質してしまうような気がして、実行する気にはなれなかった。


『自分は罪人なのだから、そんなことをしてはいけない。』


そのような思いもあり、

優一は己の欲求を抑圧していた。

しかしこの手の欲求は、

抑圧すればするほど深くなっていくもので、

とうとう優一は、生理的欲求に屈した。


頭の中で火花がチカチカと走り、生ぬるく粘ついた体液が迸る。

そして不思議な虚脱感と微睡みに包まれた頭の中で


『もう、僕は子供ではなくなってしまったのだ』


と、実感した。

そして次第に、このような考えが、

この上ない悦びを伴って、優一の脳裏に浮かんだ。


「そうだ。『御曹司』で居ようとするから、僕は誰からも罰せられないんだ。

だったら、今までの振る舞いや態度を全て投げ捨て、粗野で粗雑に振舞えばいい!

この世で『悪徳』とされているものを行い、身に纏えばいいんだ!

そうしたら、みんな僕を罰してくれる、そして僕の『空洞』を、知ってくれる!」


優一は、それを悪魔の計算だと思っていた。

しかしその瞳は、

慈与の死に涙したあの頃と同じ、無垢な瞳そのものであった。


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