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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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32/58

神は死んだ

病院にて慈与が緊急治療室へと運ばれた後、誠生がやってきた。

「慈与は!?慈与は無事なのか!?」

普段の質実剛健な態度を豹変させ、焦燥感に満ち溢れた父の顔。

優一は、彼よりもずっと大きな体躯の誠生が、

大声を出し身を乗り出しているのを見て言葉を失った。

誠生は、己が思った以上に取り乱している事と、

そ息子が怯えている事に気づき、努めていつもの冷静さを取り戻した。

「ごめん優一…。母さんは無事なのか?車で轢かれたと聞いたけれど…」

「生きてると思う。だけど、だけど…。」

顔面蒼白の優一を見て、誠生は、事態の深刻さを悟り、悲痛な顔をした。

そうしてしばらく父子揃って、

沈痛な面持ちで待合の椅子に座っていると、

「西郷さん」と、父子が呼ばれた。


カンファレンスルーム。

怪我自体は、さほどに酷くは無かった。

通常ならば、命に別状をきたすことのない程度の怪我。

しかし、

慈与の持病が、

戦火によって取り付けられた時限爆弾が、

この事故を切欠にして、

彼女の身体の中で爆発し、

彼女の命を蝕み、

傷つけ、

そして、焼き殺してしまったのだ。


『原爆症。』


放射能によって脆くなっていた、慈与の細胞。

彼女に被爆した放射能は、自己修復能力はおろか、

彼女を嬲り殺しにするように、

彼女の身体中の細胞を、次々と壊死させていたのだ。


そして、事故による怪我が決定打となり、

慈与は多臓器不全で、亡くなった。

寝顔のような、死に顔だった。


………


葬儀が済み、誠生と優一は、ふたりになった。

優一は、棺桶の中を見ようとしなかった。納骨所にも行かなかった。

それらをこの目で見てしまったら、心の中で生きている母ですら、

居なくなってしまいそうな気がして。


「お前は悪くない。絶対に、悪くなんかないんだ。

母さんはな、どのみち長生きできる身体ではなかったんだ。

優一、母さんは、母さんは…お前を守る事ができて、本望だったと思うぞ…」


『それはきっと、

父さんが自分に言い聞かせている言葉であって、僕に向けられたものではない。

それに、僕には慰められる資格なんか、ない。

いっそのこと、「人殺し!」と罵られる方が、よっぽど楽だ。

僕が、母さんを殺したんだ。

母さんの事を詮索しようとしたくせに、原爆症の事すら知らず、

雑草なんていくら踏みつけたって代わりはいくらでもいるのに、

自分を良い子と思いたいが為にそれを踏むのを嫌がって、

父さんの戒めを破って外に出て、

そして、母さんを殺した。

べつに、庭を走り回ればよかったじゃないか。

そんなに雑草を踏むのがかわいそうなのなら、

避けながら走ればよかったじゃないか。

そうしたら、母さんは死ななかった。

それにもし、長くは生きられないのだとしても、

あの時僕が、事故さえ起こさなかったら、

母さんの命が終わるその日まで、

母さんの言葉を聞いて、

僕の思いを話して、

美しい思い出をたくさんつくって、

優しいきもちで「さようなら」と言えたかもしれないのに。

僕も父さんも、納得して、母さんを見送る事ができたかもしれないのに…。

きっと父さんは、こう思ってるんだ。

「最愛の人を殺した悪魔。お前なんか、産まれなきゃよかった」って。

そうなんだ、きっとそうなんだ。

でも、仕方ない。だって悲しいのは僕だけじゃない、

父さんも、悲しくて悲しくて仕方が無いのだから。

神様、僕はもう、どれだけ悲しくて、惨めで辛くたって構いません。

だけど、父さんの悲しみだけはどうか、癒してください。』


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