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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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31/58

僕は守れなかった

二人は、一本の坂道に出た。下り坂。

安全かどうか、

左右前後を見渡しながら、確認した慈与。

右は一面植栽で、左はガードレール。

飛び出してくるものは、何もない。

「よぉし、優ちゃん。

この下り坂で、駆けっこをしよう。

坂道を駆けっこするのは、とっても気分爽快よ。

準備は良い?」

これまで歩いた道は、

どこも入り組んでおり、

駆けっこができるような場所ではなかった。

だけどここなら、

野草も生えていないし、思う存分駆けっこができそうだ。

「うん、僕、走りたい!」

「そうこなくっちゃ!母さん、走るのはとっても速いんだからね!

手加減しないぞお。じゃあ…レディー、ゴー!」

優一は、力いっぱい走った。

年齢の割には、とても運動神経の良い優一だが、

さすがに大人には追いつけぬ。

しかも、慈与はバレエや舞踊で足腰を鍛えているのだ。

適うはずもなかった。

「母さん、ちょっと待ってよー!」

「優ちゃん!わたしを捕まえてごらんなさい!なーんてね!あはは!」

そう楽し気にはしゃいで見せたすぐ後に、

慈与は息切れを起こして、止まった。

慈与は、

坂の終わりのあたりで、

ぜいぜいと息を吸ったり吐いたりしながら、休憩していた。

慈与は、

庭で駆けっこをしていた時にも、時折このように発作らしきものを起こした。

陸上選手のようなスピードで庭を駆け抜けたかと思うと、

いきなり息切れを起こし、しばらくそこに立ち止まり、優一の手に庇われながら、

屋敷の中へと戻る事が、時折あった。

しばらく屋敷で休むと、それらが嘘のようにケロッと回復するので、

優一もさほどは心配しなかったが、

それでも助けに向かうために、走って母の元へと駆け付けた。

「はあ、はあ…。ごめんねえ、優ちゃん。母さん、はしゃぎすぎちゃったね…」

「気にしないよ。それより、僕の肩に腕をのせて。どこか、休めるところを探そう。」

幼い割には上背の高い優一の肩は、

母の腕をのせるのに、丁度いい高さだった。

「…あはは、優ちゃんに、また守ってもらっちゃったね…」

「無理して話しちゃダメだよ。息を吸って、吐くことに集中して。」

「はぁ、はぁ…ありがとう。これはまた、新しいプレゼントを考えなきゃね。」

「そんな事しなくても、いいよ。これくらい平気だよ。

それよりも、僕は、もっと速く走れるようになって、母さんのこ」


「危ない!」


甲虫のような金属の塊に母がぶつかり、ボン、という鈍い音がした。

そして母が宙へ投げ出され、コンクリートへと叩きつけられた。


「母さん!」


不覚。息切れした母を気遣おうとするあまり、左右の確認を忘れてしまった。

車から人が降りてくる。

「馬鹿野郎…ッ!なに飛び出してやがる!クソッ!とにかく救急車だ!」

母は暫く動かなかったがやがて体をよじり、優一のもとへ顔を向けた。

『生きてる!母さんが生きている!』

そう実感した優一は涙を流しながら、母の元へと駆け寄った。

「母さん、母さん…!」

「…優ちゃん、大丈夫?」

「ごめんなさい、母さん、ぼく、約束守れなかった!」

「…気にしないで。母さんが、悪かったのよ。あはは、そんなに泣かないで。

そんなに体も痛くないし、平気だから…ね?」

命に別状はなさそうだが、それでも優一は自責の念に駆られていた。

自分の不注意によって母に怪我をさせてしまった。

守りたいと思っていた母に怪我をさせてしまった。

そのように自分を責め、嗚咽しながら涙を流しているとたちまち、

救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


母と共に救急車に乗り合わせた優一。

しばらくはさめざめと泣いていたが、やがて泣き疲れた。


『どうか、大事ではありませんように。なにもかも、よくなりますように。

そして健康な母さんに戻って、

バレエダンスや日本舞踊、声楽を一緒に出来るぐらい、

なにもかも元に戻りますように。

そのためならもう、僕は、一生屋敷から出られなくても構いません。

外で駆けっこしたいだなんて、我侭は言いません。

もう一生、お屋敷の外に出られなくても構いませんから、

どうか、どうか、神様。僕の母さんを、元通りにしてください…!』


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