愛おしき我が母
その日の晩。
誠生が帰宅し、
和やかに食事をしている最中、
慈与と優一は、
誠生をチラチラと眺めながら、
互いに目を合わせて、悪戯っぽく笑ってみせた。
「おいおい…いったいどうした?僕の顔に、何かついているのか?」
「ううん、ちがうわよォ。今日ね、お庭で遊んでる時に、
優ちゃんに、こんな事を聞いてみたの。
優ちゃんは、どの俳優さんが、一番ハンサムだと思う?って。
そしたら優ちゃん、こう答えたのよ!
『僕はどの俳優さんよりも、父さんが、一番ハンサムだと思う!』って、
そう答えたのよっ!ふふふ。ねえ?優ちゃん?」
「うん。僕、どんな俳優さんより、父さんが一番、ハンサムだと思うよ!」
「な、なんだよ急に。まったく、しょうがないなぁ。
そんなに褒めたって、これ以上お小遣いは増やしてあげないぞ!」
リビングに、三人の笑いが響く。
実際のところ誠生は、
映画俳優にいてもおかしくないぐらい眉目秀麗で、
スタイルもよく、大変な男前であった。
質実剛健な性格で、
見た目に反して女っ気に乏しいためか、本人に自覚はないようだが。
それでも、慈与と夫婦揃って並んだ折には、
『お似合いの夫婦』と誰もが口にするぐらいには、確かに男前なのである。
だからして、
口合わせから出た言葉とはいえ、
嘘やお世辞では、決してなかった。
誠生の方も妻子から褒められて、満更でもなさそうだ。
酒を呑まない男であるにも関わらず、
顔は綻び、赤くなっている。
そんな誠生の姿を見て、二人は尚笑った。
………
夜、
キングサイズのベッドで、
誠生と慈与と優一が、三人で寝ている。
明日への高揚感が抑えきれず、
それでいて、
新たな挑戦に、怖気づいてしまった優一。
明日になれば、
外へ出られる、
だけど、外で怖い事があったらどうしよう…。
期待と不安が入り交じり、
汗で布団が湿り寝苦しくなり、
その寝苦しさが呼び水のように、
目を冴えさせ、期待感と不安感を増幅させる。
何度も寝返りを打つ優一に、
慈与は微睡みながらも、優一に声をかける。
「優ちゃん、眠れないの?」
「うん…。楽しみだけど不安で、それで頭がいっぱいになって、眠れないんだ…。」
「ふふふ、そんなに楽しみなのね…。
だけど大丈夫よ。私が守ってあげるから。ほら、おいで…。」
優一へと、腕を伸ばす慈与。
優一は、
その腕の中に、
そして胸の中に潜り込んだ。
慈与は、
布団ごと、優一をやさしく抱きしめた。
「母さん、ぼく、母さんに守ってもらってばかりで、大丈夫なのかな…?」
「それでいいのよ、今はね。
だって、守りたくなるぐらい、優ちゃんの事が好きなんだもの。」
「だけど、僕も母さんの事、好きだよ。
でもどうして、僕は母さんの事を守れないの?」
「ふふふ。それはだって優ちゃん、あなたはまだ、子供だもの。
守るのが、親の仕事。そして守られるのが、子供のお仕事よ。
だから今、優ちゃんは、立派なお仕事をしているのよ。」
「それって、父さんと同じくらい…?」
「ええ、そうよ。それに父さんだってずっと昔は子供だったけど、
いろんな人に守られて、そうして大人になって、
今、母さんや優ちゃんを、守ってくれているのよ。
そして、誰かを守れるようになるためには、沢山の誰かに、守ってもらう必要があるの。」
「じゃあボクも、いつか、母さんや父さんを、守れるようになる…?」
「ええ、もちろん。優ちゃんなら、なれるわよ。」
「僕、早く大人になりたい。
大人になって、父さんや母さんを、守れるようになるんだ…。
そしたらね…僕…ママと、結婚する…」
慈与の腕の中で、優一は眠りに落ちた。
そして息子からプロポーズを受け、
多幸感に包まれながら、眠りにつく慈与。
幸せと安らぎに満ち、母親に抱かれて眠る息子。
その姿は、聖母マリヤ象のようであった。




