小さな優しい王子様
優一は母を追いかけようとしたが、
さきほど慈与が話したことを思い出し、
ふと、
足元に咲く野の花を見た。
蓮華草が、可憐に咲いている。
「このかわいい蓮華草にも、母さんの言った『宇宙』や『心』が、あるのかな。」
そう思うと、
優一にとって、
この花を踏みつける事は、
大罪であるかのように感じられた。
いつもであれば、
母が走れば、
それを一心不乱に追いかける優一。
しかし今は、
下を向いたまま、
足元の草花を、じっと見ている。
慈与は不思議に思って、
優一のもとへと駆け寄り、尋ねた。
「優ちゃん、どうしたの?体調が悪くなったの?」
その目を蓮華草へ伏せたまま、
気遣う母に向かって、優一は答えた。
「さっき、母さんが言ったことを思い出していたんだ。ボク達人間は、
自然の機嫌を取りながら生きていかなきゃいけないって。
どんな人にも、心の中に宇宙があって、
それは大事にされるべきだって。だとしたら、
この庭に生えてる草や花や木にだって、
心のなかに宇宙があって、
踏んづけたりなんかしたら、いけないんじゃないかな、って…。」
ションボリとした優一を、慈与は強く抱きしめた。
「優ちゃんは優しい子だね…。本当に本当に、優ちゃんは優しい子よ…。
母さん、そんな優ちゃんの事が、とっても大好きよ。そう、大好きよ…。」
嬉し涙を流しながら、優一を強く抱きしめる、慈与。
その大袈裟な反応から、
やはり、
母には何か、過去に辛い事があったに違いない。
優一は、そう悟った。
「だけどね、大丈夫。大丈夫よ、優ちゃん。
さっき母さん、こうも言ったでしょう?
『自然は、人間なんかよりずっと強い』って!
だから少しくらい踏んづけたって、大丈夫よ。
その蓮華草だって、今は踏まれて潰れても、明日になったら、
また真っ直ぐに戻ってるんだから!
そうね…。自然の機嫌を取るのも大事だけど、
自然を信頼することも、同じくらい大事よ。」
「だけど…。蓮華草だって、立ち上がるのは、踏まれるのが嫌だからでしょ?
だったら、ボクが踏まなければ、蓮華草に、嫌な思いをさせなくて済むじゃないか。
誰かの遊びの為に踏まれるだなんて、僕は嫌だよ…。」
それを聞いた慈与は、
心底愛おしそうな声と顔で、こう提案した。
「じゃあ、優ちゃん。お庭で駆けっこ遊びするのは、やめよっか。
その代わり、お外にある道路で駆けっこをしましょう?
道路だったら草は生えてないし、思う存分、優ちゃんも走れるんじゃなぁい?」
「だけど、父さんから、外で遊んじゃいけないって言われたよ?」
「それは、優ちゃん一人だけで遊んだらいけないって、意味だと思うよ?
母さんがいたら、大丈夫。それに、優ちゃんだって、
そろそろお外に出てみても良いと思うの。
お外には危険な事もあるけど、
けどそれでも、沢山素敵な事が、優ちゃんを待っているわ。
蜂や蛇と出会ったときに、どうすれば良いかを教えてあげたように、
外で危険な目にあったら、どうすればいいかを教えてあげるから、
一緒にお外に出ましょう?
そして安全な場所を見つけたら、そこで駆けっこをしましょう!」
優一の顔が、パァッと明るくなった。
父に注意されたので我慢していたが、
本音を言えば、
優一は、
屋敷の外で遊んでみたくて仕方が無かったのだ。
幼い優一の瞳は、
まだ見ぬ世界への楽しみが膨らんで膨らんで、
いても立ってもいられなかった。
「父さんには、内緒だよ?」
悪戯そうな顔を微笑む、慈与。
優一は、
父の言いつけを破る事に申し訳なさを感じたが、
慈与の悪戯そうな顔を見て、
『外はそんなに楽しいんだ!』
と悟り、
楽しみで楽しみで、仕方がなかった。




