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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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陽だまり

そして慈与は、

習い事をするとき以外は、

もっぱら庭の散策を好んだ。

その庭は、

大手印刷会社の屋敷の庭とは到底思えぬ、

質素も質素、

世間が「雑草」と呼称する植物ばかりが、

ほとんど人為を介さず、

勝手に茂って調和を成している庭であった。

手入れと言えば、

通路の邪魔をする雑草を引っこ抜いたり、

増えすぎた雑草を間引く程度。

にも拘わらず、

その庭は、

冬を除いて、

寂しさや、あるいは汚さを感じる事は無かった。

足元には、「烏のえんどう」や「仏の座」、

「庭石菖」や「菫」や「瑠璃唐草」や「露草」、

「薺」や「蒲公英」や「勿忘草」、「白詰草」や「蓮華草」等、

たくさんの草花がそれぞれ自由に伸び、

そしてところどころに、

「野あざみ」や「姫女苑」や「春紫苑」や「背高泡立草」や「芒」などが、

高低差をつけるためのアクセントとして、

群れと茂みをつくっていた。

そして広大な敷地ゆえに、

鳥の落とした贈り物として、

木の芽がポツリと芽吹くこともあり、

風の贈り物として、

零れ種で園芸種の花々が咲くこともあった。

名すら把握できない、

無数の野草がおりなすレイアウトと、

零れ種で咲く華やかな園芸種に、

庭に陰をつくる鳥達の贈り物、

それから、

かたちも大小も様々な木々。

鳥や風の贈り物を、

母はたいへん喜んで、庭に迎え入れた。


「ふふふ、タダで貰っちゃったねえ。」


そのように、おどける慈与。

社長夫人だというのに、

「タダで貰えた」という、

庶民的なジョークを言うのが、

如何にも彼女らしくて、

優一は、

鳥や風の贈り物を目にする度、

母がそのようにおどけるのを見て、心の底から笑った。


人為を極力省き、

自然の営みが調和を成す、大きな庭。

そこは植物だけではなく、

昆虫にとっても良い飯場だ。

油虫に、それを食べる天道虫。

蝶とその幼虫も各所におり、

蝶と同じように花の蜜を吸う大透翅、

そしてそれを狙う、蟷螂や蜻蛉。

木の幹には、

髪切虫や鍬形虫がおり、

兜虫がいることもあった。

蜂など、

危険な昆虫や生き物もいたが、

慈与はそれらを傷つけず、

いかにやり過ごせば良いかを、優一に教えた。

「蜜蜂は、巣を触らない限りは、襲ってくることはないわ。だから、

あまり怖がらなくても大丈夫よ」。

「脚長蜂は、蜜蜂に比べれば少し狂暴だけど、

それでも無闇に襲ってくることはないわ。

とにかく見つけたら、離れること。そうしたら、襲ってくることはないわ。

蜜蜂さんと同じように、巣には触っちゃだめよ。」

「雀蜂は、ちょっと危険ね。もし見つけたら、出来るだけ音を立てずに、

ささっと逃げるのよ。とにかく逃げる事。

そうしたら、秋以外は、たいていの場合、見逃してくれるわ。

彼らだって、私達人間が怖いのよ。

だけど、さすがに雀蜂を、庭で飼う事はできないわ。

残念だけど、お役所に頼んで、駆除してもらうしかないわね…。

優ちゃん、もし巣を見つけたら、何かしたりせずに、母さんに知らせてね。」

そう諭す母に対して、

優一は釈然としないと言わんばかりに、

こう尋ねた。

「…だけど、ここはボク達の御屋敷なのに、

なんでボク達が遠慮しなきゃいけないの?」


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