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世忌花娘  作者: 仲渡 温紀


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プリンスの感傷

ある落ちぶれた華族の屋敷に、色とりどりの花が咲いていた。

苧環、海老根、桔梗、熊谷草、菖蒲など和の趣のある花から、

マーガレット、オルラヤ、三色すみれ、アネモネなど洋風の花まで、

広い敷地いちめんに、春の花が咲いていた。

外構には、山法師、山桜、乙女椿、たいさんぼく、

そしてジャカランタやジューンベリーやオリーヴ、

そして鉄扇や風車、藤の花や忍冬など、

蔓の花が木々に絡んで咲くその真下には、

石楠花や躑躅に梔子、薔薇や牡丹などの低木が、

春爛漫と言わんばかりに、色鮮やかに咲いている。

枯山水の通路には、レンガタイルの飛び石が敷かれており、、

睡蓮や蓮の池に鎮座する鹿威し、

そして苔むした池の周りに、いくつかの紫陽花。

庭園の様子は和洋折衷でありながら、

不思議にも、違和感なく調和していた。

この世の穢れを拒絶する、美の調和が支配する聖域。

聴こえてくるのは、

鳥の囀りや蛙の鳴き声、虫の音色、

そしてそれらの木霊だけ。

塗装の剥げた漆喰の壁に、ひび割れた瓦屋根の大きな屋敷。

それを喰らい尽くすかのように、

凌霄花や琉球朝顔、時計草が屋敷を覆う


美純の母伝恵は、

この屋敷を不動産へ売却し、

四国の実家へと帰ったらしい。

美純との唯一の接点である彼女が、

住所すら知らせることなく、

遠くへ行ってしまった。

まるで、優一を避けるように。

彼女に対して心無い言葉をかけてしまった事について、

『心底申し訳ない』と、優一は反省していた。


『彼女だって、僕の為を思って言ってくれたに違いないのだ。

だというのに、僕は自分の思いばかりをぶつけて、また、誰かを傷つけてしまった。』


花の咲き誇る、落ちぶれ華族の屋敷。

優一にとってはこの屋敷だけが、

美純との唯一の『繋がり』だった。

壁面と屋根を覆うつる性植物により、

この屋敷はかなり痛んでおり、

また、

庭の一隅にこびりついて消えない夥しい血痕と、相次ぐ北条家の不幸。

この立派な御屋敷は『事故物件』として、

見た目からは考えられないほど、安価で売りに出されていた。

優一は、

彼の父「西郷 誠生まさき」に頼み込み、

この屋敷が最愛の人との大事な場所であると強く訴え、

屋敷を買い取るよう嘆願した。

滅多になにかを強請る事のない息子が、

狂気にも似た強い意志を瞳に宿し、

思い人の屋敷を買えと願いでる。

土下座をするような勢いで、

いや、

『買ってくれないのなら、自害する』

とまで、言わんばかりに。

気圧された誠生は、

そこまで言うのであればと、屋敷を購入した。

大手印刷会社代表の誠生にとっては、造作もないことであった。

そのような経緯で、

優一は今、

父の仕事の手伝いもせず、

呆けたように縁側に立ち、

屋敷に咲き誇る花々を眺めている。

とくに、

血痕の真ん中に咲いている、


あの、赤い彼岸花。


それはまるで、

この世のありとあらゆる赤が混ざったような色合いで、

此の世ならざる美しさがある。

美しく艶やかな見た目でありながら、

此の世の穢れを微塵も許さないかのような、

幽玄なる佇まいのその花は、

まるで、

美純が、

花になってしまったのではないのか…と、

そんな荒唐無稽な想像を、

彼にひき起こさせるほどであった。

そしてそう思うと、

尚の事美しく愛おしくて、

さわるのも憚られて、ただ眺めていた。


鳥の囀りと、虫の音が聞こえる。

ここに住み始めた当初は、

屋敷の外から友人や女達が、

粗雑な声や嬌声をあげて優一を呼んだ。

その中には無作法にも、

塀を乗り越え敷地の中へと入り込み、

屋敷の中を物色する者までいた。


「優一おめぇ、こりゃあお化け屋敷じゃあねえか!

こりゃあどういう了見で、こんなところに住んでんのかい!?

…しかしまあ、落ちぶれ華族の屋敷といえど、

調度品も内装も、とんでもなくブルジョワジーだなァ、オイ!」

「どれどれ…。まあっ!見て見て優一さん!

こんなところに、素敵なアクセサリーが沢山あるわ!

サファイヤにルビイにエメラルドに、ダイヤモンドよ!

ねえねえ優一さん、せっかくだから私に頂戴よおん…。

お礼は弾むからっ、ね?」

それらに向かって優一は、

家畜でも見るような目でこう言った。

「せっかく来てくれたところ大変申し訳ないけど、今はほうっておいてくれ。

今は独りで居たいんだ。あと、屋敷のものは持ち出さないでくれるかな。

本当に申し訳ないのだけど今は帰ってほしい。ひとりにしてほしい」


優しく丁寧で、

それでいて突き放したような態度と言葉遣い、声色。

その瞳は死人のようで、

その声色には、かつての覇気が無かった。

彼の取り巻きは徐々に屋敷から遠ざかり、

そして誰もいなくなった。

しかしそれはもう、

優一にとってはどうでも良いことだった。

鳥の囀りと虫の音、

そして一面に広がる花。

此の世の中で、

それだけが、

優一を魅了してやまなかった。

結局、

警察の捜査も虚しく、

美純はどこからも見つからなかった。

だけど優一は、それを予期していた。


土に還らぬ鮮やかな血痕の中に、

咲き誇る赤い彼岸花。

それが美純の「死」であると、優一は実感していた。

美純の生き写しのような、幽玄なる彼岸花。

そして、

生前美純がそうしていたように、

彼も縁側に立ち、

花を眺めていた。

最愛の人が、

最期まで見ていたであろう、その風景。

それを眺めていたら、

彼女の心の闇と光を全て知ることができるのではないかと、

ひょっとして、彼女に会うことができるのではないかと…。

根拠はないが、優一はそう信じていた。

そうして花の美しさにうっとりしているうちに、

薄ぼんやりとした意識で思い出すことと言えば、

自身の過去の事である。


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