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世忌花娘 【完結済.全58話・約125000文字】  作者: 仲渡 温紀


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19/21

あなたが愛おしい。だからあなたを憎みます。

「…こんにちは。僕の名は西郷優一です。このあたりに住んでいます。

毎日このお屋敷を通るたび、きれいなお花を眺めさせてもらっています。

本当は、お花を眺めるだけではなくて、君にも話しかけたかったのだけど、

あまりにもお花に夢中のようだったので、つい、話しかけそびれてしまって…。

こんなにも美しいお庭なのだから、夢中になるのは仕方ありませんよね。

あの、よろしければ、名前を教えていただけませんか?」


明るく優しい、品のある優一の声。

甘さと力強さが混ざった、フランコ・コレルリのような声。

美純に、例の「反応」が起こる。

もはや彼の声は、『斬首すべきカラフ王子の声』だ。


「私は北条美純です。優一さん、貴方の噂はわたくしも耳にしておりますが、

大手印刷会社の御曹司ともあろうお方が、落ちぶれ華族の屋敷の花なぞ見て、

一体何の用事があるというのですか。」

「あの、失礼ですが…。何か、気に障ることをしてしまいましたか…?

ひょっとして、挨拶もしないで、お屋敷の方を覗き見た事についてですか…?

それなら、申し訳ありません…。」

「そんな事は申しておりません。御曹司ともあろうお方が、

落ちぶれ華族の屋敷の花なぞ見て、何が楽しいのかと聞いているのです。」

「そうですね…。僭越ながら、このような身空でいると、

何が嘘の美しさなのか、何が真の美しさなのか、よくわかるのですよ。

あなたの屋敷のお庭は、西洋の花だらけのイギリス庭園でも、

格式ばったフランス庭園でも、古臭い日本庭園でもない。

和も洋も、世界中のいろいろな美しいものを取り入れた、

調和のとれた『ヘレニズム』だ。

誰の思想でも感性でもない、あなた自身の魂によって形作られた、

『エデン』そのものだ。

もちろん、この美しさに至るまでには、いろいろな事があったことと存じます。

失礼ですが、こちらも、あなた方北条家の事については、耳にいたしました。

きっと、僕には想像も及ばないような、思いがあった事でしょう…。

だけど、この庭の中には、どのような苦しみの中にあっても、

決して色褪せはしない、魂の美しさがある。

それはきっと、あなたの美しさなのでしょう。

僕は、この庭と、そして…あなたの瞳から…。それを感じざるを得ないのです。」

「あら、そうですの。では何故、貴方はそんなに華美な装いをしているのですか?

見たところ、有名なブランドメーカーや、貴金属を身に着けておられるようですが、

わたくしにはそれが、貴方のはしたない『虚栄心』にしか映りませんの。

『真の美しさ』がわかると標榜しながら、

贅沢をし、女遊びをし、大酒を飲み、虚飾に現を抜かし奢侈を尽くす。

正直に言って、あなたの言っていることは口から出まかせにしか聞こえませんの。

『御曹司』として俗物的な快楽に溢れ、何もかも手に入れたと万能感に浸り、

そして落ちぶれ華族であるわたくしを憐れむ。

そのような浅ましい魂しか、あなたからは感じられませんわ!

そしてそんな安っぽい自作自演の映画に、

わたくしがエキストラとして出演させられているのだとしたら、

これ以上の冒涜はありません!」

「そうですか…。そんな思いを、させてしまっていたのですね。ごめんなさい…。

確かに、あなたの言う通り、僕は、『虚栄心の塊』です。

僕は、僕の心の中にある、『空洞』を隠すために、虚飾で満たしています。

僕の寂しさや切なさや悲しみ、孤独を誤魔化すため、

金を使って贅沢をし、酒を飲んで心を誤魔化し、

常にだれかと一緒にいて、笑ったり笑わせあったりすることで寂しさを誤魔化し、

僕の『空洞』を悟られない様に特定の恋人をつくることを避け、

そして今も尚、あなたも見ての通り、『虚飾』で身を覆い隠しているのです。

美純さん。あなたの仰る通り、僕には、『真の美しさ』を語る資格はありません。」

「あなたの情熱と『空白』とやらはよくわかりましたわ。しかしその『空白』とは、

どの小説を参考にしたものなのかしら?

太宰治の『人間失格』かしら?確かに、あなたは太宰治にそっくりですものね。

主体性も自主性もなくて、欠乏を『奢侈を尽くす』という夥しい量のモルヒネで誤魔化し、

そしてなにより女心を掴むのがうまい。聞きましたわよ?

『ホステスやキャバレーの女は、接客する立場にも関わらず、

むしろ、西郷優一に接客されたかのような気持ちになった』だとか、

『西郷優一と夜を共にした女達は、その別れ際の礼儀の美しさ故に誰ひとりとして、

彼を悪く言う者はいなかった』、とか。

それで今度はその色目をわたくしに使おうという魂胆ですの?

落ちぶれ華族とはいえわたくしの母は、父から受け継いだ多額の遺産と、

落ちぶれた親戚達から受け継いだ遺産を所有しています。

それは多額も多額、街ひとつ動かせるほどですわ。

母が死ねば、私が遺産を受け継ぐ。そして私を手籠めにすれば、

その遺産をあなたは手に入れられる。

どうせ、こういう筋書きの映画か小説なのでしょう?

見え透いた魂胆ですこと!」

「僕の人間性が否定された以上、

その事については僕としても、正直に言わせてもらいます。

それは誤解です。あなたの思い込みです。僕はあなたの遺産なんかには、

まったく興味がありません。僕は、大手印刷会社の御曹司です。

父の会社を引き継げば、

街はおろか、国を動かすほどのお金を手にすることができます。

僕の瞳を見てください。僕が卑劣な男に見えますか?」


優一は、じっと美純の目をみつめ、顔を近づけた。

真剣で誠実で、情熱にあふれた顔。

ハンサムな顔つきに、

光のない、

昏い瞳。


確かに存在する、『心の空洞。』


『…気が狂いそうだ!』

思わず目を逸らしてしまった、美純。

そして真一文字に結ばれた優一の唇。

僅かに光沢を放つ、粘膜。

美純の目は、釘付けになった。


「目を反らしたね。、何故君がそうする必要があったんだい?

君の方こそ、僕の事を悪く言う事で、自分を保とうとしていたんじゃないか?

僕はね、知っているよ。北条一族に何があったか。

そして君が、どのような目にあったか。

お父様を毒殺され、

一族全員から犯人に仕立て上げられ、

お母様を拘禁され、

世間から蔑まれ虐められ、

そしてそれに君が耐えていた事を、知っているよ。

そのせいで君は、優しさも愛も、すべての人間らしい心を投げ捨てて、

この世界を憎み、拒絶する他なくなった。

だから君は僕の姿に、心無い親戚の姿を投影している。

お父様が毒殺された日のように、愛や優しさが壊されることを、

そして愛や優しさによって自分が苦しむ事を、誰よりも恐れている。

だから君は、この世界を『汚いもの』と認識する事でしか自分を保てない。

だけどね、僕は、君のそんなところに、惹かれたんだ。

僕は、この世界を拒絶できるほど、強くない。

『迎合』することでしか、世界を見ることができない。世界と関わることができない。

拒絶する君と、迎合する僕。これは運命だ。

運命が僕達を引き寄せたんだ。」


『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!これ以上私を凌辱するな!』


「君の事が好きだ。君の事を愛している。もし君が望むのならば、

僕はもう贅沢なんていらない。西郷の家も血もいらない。

君が嫌いな『虚飾』をここですべて脱ぎ捨てて、裸で家に帰ったっていい。

君と一緒になれるのならば、もうこれ以上、他人から認められなくたって良い。

僕はこれほどまでに君の事が好きだ、愛している!

北条美純さん。

僕と、一緒になってください。」


美純は呆けて、

その場に膝をついて、

崩れ去った。


なんだこれはなんだこの思いは?

肉体のあらゆるこわばりが、とかされていくような…。

苦しいような、でも、

とてつもなく心地いいような…。

耳から爪先まで全身が熱くなって、

光が目にチカチカと点滅して、

脳の働きが極度に遅くなったり速くなったり、

そして、ずっと、このままでいたいような…。

下穿きの中がじんわりと温かい。

床が心なしか濡れている。


『恍惚。』


それがピークに達した時、

美純は思わず失禁してしまった。

現実に引き戻された美純。

されど、

何が起こったかがわからない。

そして、

薄水色の浴衣に、

美純の体液が、

黄色く染み込んでいく。

飽和した体液が、

黒茶色の床に、

円形に広がっていく。

しばし、

体液のぬくもりが足元を覆い、

そして、外気に触れて冷めていく。

その冷たい感触が何であるか、美純はようやく気付いた。




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