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世忌花娘 【完結済.全58話・約125000文字】  作者: 仲渡 温紀


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18/20

邂逅

入用かなにかで、

やむをえなく屋敷のそばを通り過ぎる人々は、

世間の謳う「美純の呪い」を気にしてか、

極力屋敷から距離を取り、

屋敷から背をむけて通るになった。

死装束のような浴衣を着て、

縁側でずっと、花を見つめている美純。

その佇まいは美しく、

それが却って此の世ならざる雰囲気を醸し出していた。

その幽玄なる姿は、

人々に呪いの噂を信じさせるには、充分だった。


静寂と停滞が、美純を包んだ。


『これでよい。このまま何事もなく、ただ生きて、死ぬことができれば。』


そして、

美純がそう願ったとおり、

静かな月日が、過ぎて行った。

これからもずっと、そのように時を過ごしていくのであろう…。

そう思っていた。


つい、最近までは。


北条家に纏わる噂は、

月日を重ねるごとに尾ひれ背びれがつき、

入用の人ですら、滅多に通りすがらなくなった。


ある、一人の男を除いては。


『西郷 優一ゆういち


買い物をする他には外に出ない美純でも、

彼の事は知っていた。

歳は美純と同い年で、

同じ小学校へ通っていた。

美少年であるだけではなく、

頭脳明晰で運動神経も抜群。

品行方正かつ明朗快活で、ユーモアのセンスや社交術も鮮やか。

そして極めつけには、大手印刷会社の御曹司。

少女達をはじめとして、学校中から評判を受けていた。

だが美純は、

正直言って彼の事があまり好きではなかった。

確かに、彼の頭脳やユーモアのセンスには、感心するところがあった。

体育の授業でダンスをやるときなどは、彼のしなやかで洗練された動きに、

思わず目を奪われ、感動してしまったほどだ。

しかしどうにも、

明るく機知に富む彼の処世術は、

世間に対して迎合的で、

自主性・主体性というものに欠け、

何かを隠しているかのように演技的で、

他人の承認や称賛を得たくて得たくて仕方がない、

そんな動機が透けて見えるようで、気に入らなかったのだ。


そして今もなお、

成人した彼の評判は栄華を極めており、

その評判の高さと言えば、

もう仕方ないほどに彼方此方で噂になっているため、

世事に疎い美純ですら、

彼がどんな男であるか、諳んじられるほどなのである。


コーカソイド風の精悍な男前に、上背の高いスポーツマン体系。

爽やかな刈上げを金色に染め、整髪料でお洒落に整えている。

目鼻たちのしっかりとした顔つきに、人懐っこい丸い瞳。

血色の良い唇からは、真っ白な美しい歯が並んでおり、

その口からは、まるでラジオ放送のように淀みのないユーモアが流れ、

その場にいる人皆を、笑わせ、和ませる。

東京の有名な大学を出るほど頭脳明晰であるにも関わらず、

それを自慢したり、

ひけらかしたり、

鼻にかける事なく、大変かんじがよい。

女性にモテるだけではなく、

男友達との付き合いにも積極的かつ献身的で、

醜女や冴えない男を、

無視したり見下したりすることもない。

宝飾品やブランド物を好む派手好きなところもあるが、

ブランドの裏側にある物語や歴史を重んじ、

その敬意を、溢れ出る知性と感性でコーディネイトし、

豪華な宝飾品と組み合わせるそのセンスの良さには、ひとつの瑕疵もなかった。

贅沢好きの女好きで、

大変な酒飲みではあるが、

深酔いしても所作や品性の崩れるところなく、

女の扱い方は大変巧みで、

ホステスやキャバレーの女などは、

『もはや自分が接客を受けているようだ』と、口を揃えて彼を讃えた。

特定の恋人をつくりたがらないそうだが、

ゆきずりの女達は皆、

彼の紳士的な対応と、

別れ際の作法の美しさに感心し、悪く言う者はいなかった。

酒に酔って崩れた体躯すら、

映画俳優がポーズを取っているようであり、

そこには大手印刷会社の『御曹司』としての、

天性の品と、

魂の美が備わっているとのこと。

彼は、街の大スターだった。


そして美純は、

そんな優一を心底嫌っていた。

他の豚どもが、

『屋敷を見まい!』と顔を背けて去っていく中、

屋敷の中を不躾にも覗き見し、

美純に向かって、

気障な笑みを浮かべて去っていく優一。

派手な装いに身を包み、気取った眼差しで、

美純の聖域を汚す不純物。

いることにはいるのだ。

「呪いの噂」が本物かどうか、確かめたがる不届き者が。

お化け屋敷か何かだと思って、屋敷を物色せんとする無礼者が。

しかしその手の輩も、

美純のひん剝かれた瞳で睨みつけられると、

腰を抜かしながら涙を零し、

震え声で「た、助けたください!」と、

まるで銃でも突き付けられているかのように怯え、

ガタガタと覚束ない足取りで、

足をもつれさせながら、

這うように逃げていくのだ。

当然、そのような手合いは二度訪れることはない。

優一に関しても、

どうせそういう手合いだろうと思い、

美純は渾身の力で睨みつけた。

すると優一は、

最初こそ吃驚して目を真ん丸にしたものの、

次の瞬間には心底嬉しそうな顔をし、

一礼して去っていったのだ。


脅威が、通じない。

美純は反吐が出るほど屈辱的な気分だった。


それから優一は、

毎日のように美純の屋敷を横切り、

屋敷の花々を眺めては、美純に向かって微笑み、一礼した。

美純の方も、

そんな彼を何度もギョロリと睨んだが、

優一は、睨まれる度に嬉しそうな顔をした。

まるで、至福であるかのように。

全ては優一を喜ばせるだけだと悟った美純は、

大変不本意ながらも、

これ見よがしに屋敷の中へと姿を消した。

これでさすがに諦めるのではないかと思って、

障子の隙間から外を覗くと、


派手な衣服や宝飾品に包まれた優一が、

眉を下げ、

今にも泣きそうな顔で、

死人のような暗い目で、

障子越しに、

美純を見ているのだ。


そして彼は、

あの男に似ている。

思い出すだけで不快な気持ちになる、

それでいて、

思い出そうとするたびに頭が真っ白になって思い出せない、

愚かで不快な、

あの男に。


目鼻たちがしっかりしたコーカソイド風の顔に、

キリリとした眉毛と、

彫の深い、

それでいて人懐っこい真ん丸な瞳。

鼻は高く整っているがボリュームのある鷲鼻で、

男らしくしっかりとした顎。

日焼けした肌に血色のいい唇、

そしてそこから覗く、白くて美しい歯。

広い肩幅に逞しい胸板、それでいてくびれのある腹部に、

筋肉質で盛り上がった臀部に、長くて引き締まった脚。


そして、

あの、

悲しくて暗い顔。

突如、

美純の肉体に異変が起こった。

下腹部がキュー…と痙攣を起こし、

眩暈のように頭がチカチカとして、

そして、

下穿きと浴衣がぬるく湿った。


『魂を穢された。これは凌辱だ、粛清すべきだ!』


もはや逃げている場合ではない。父殺しの罪を暴いた時のように、

『敵』と対峙せねばなるまい。かつて豚共を相手に、手段も択ばず戦った様に。

呪い?自殺?心中?勝手にすればよい、私には預かり知らぬことだ!


『私を傷つけるものを、私は決して許さない!』


美純は心の中で、鬼神の如き憤怒を携えながら、

もはや花も木も見ず、鳥の囀りや虫の音すら聞かず、

ひたすらに毅然とした態度で縁側に立っていた。


そして、『敵』が、向こうから現れた。


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