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セピアは、側のテーブルで話す二人の会話に耳を傾けていた。
執務中の聖人四人の表情は、ピリッとした緊張感を漂わせ、お茶や食事を共にしている時の彼らとは違う。
ノワールの襲撃に関しては、ここに居るメンバーは洞窟でのオンブルと対峙していた為、これ程すぐにとは思っていなかったものの、分かり切っている事だった。
聖人達に動揺はない。
それでも、セピアはいつもより聖人達の緊張の度合いが高い気がした。
聖女と目が合う。
邪神の口付けの跡に聖女が口付けをし、邪神を取り込んだ事は秘密だと、目と人差し指で合図した。
セピアは自分から言えるはずはない。と思った。
マッサージとは言え自分は裸で、相手は聖女だ。
オールに言えばまた、誤解される。
(この力の所為で婚約破棄はなくても…)
婚姻後の生活が、前とは違う意味で肩に重くのしかかる様に思えた。
(…ん?)
両膝を抱えた腕越しに、セピアは聖人達の様子を見る。
三人はオールと話をしている聖女の方を見ていたが、アスールはこちらを見ていた。
片方だけの青い澄んだ色の目と、目が合った。
セピアは背筋に冷たいモノが流れた。
ふつぷつと腕に鳥肌が立つ。
(ノワールでの…事が有るから…)
セピアは自分の反応を、ノワールでの嫌な思いと結び付け、治まる様に腕を擦る。
(寒い…訳じゃない)
じっと見て来る青い目から、視線を逸らす。
オールが言いにくい話をするのか、咳ばらいをした。
「教会の…アーテル子爵と前聖女シャイン様の聖体の事だが…」
『聖体の事』
ノワールに奪われた頭部と、残りの体の事だ。
室内の空気が張り詰めた。
「…アーテル子爵は」
王への報告中、すぐに兵を向かわせ拘束しようとしたが姿はなく、教会内の自室に血だまりが残っていたと言う。
「逃げたのか…死んだか分からない。しかし、血の量が多く…」
オールは一瞬アスールへ視線を向けた。
アスールが勇を殺した時と類似した惨事が、アーテル子爵の部屋で起きていたからだ。
だが、その頃アスールは投獄されていた。
それに、アーテル子爵の報告が王城へ届く頃、自分の目の前に居て、王の査問を受けて居る。
「勇の時の様な破裂ではなく、床一面だけに血が溢れていたと兵は言う。生き延びていても…長くはないだろう」
「それはソイツの血だって確証は有るの?」
セピアへの気遣いなく勇の名前を出したオールに対して、聖女は苛立ちを向けている。
オールは一瞬金貨色の目に射られ、困惑の表情を浮かべたが、セピアの姿を見ると「すまない」と短く謝った。
「確証は彼が伯父だと言うアスールの血と照会した」
「異父兄弟は残っているわよ」
「血は伯父…ではなく異父兄弟の可能性もある…といことか?」
「体が無いから分からないわね。でも、私達があそこから飛ぶ時、アイツは『異父兄弟』と言ったわ。周りに居たのがそれだとして…何人もいた。…プリシカに紛れ込んでいても不思議では無いわ」
二人はアスールへ視線を向けた。
しかし、アスールはセピアを見ている。
「アスール?」
少し苛ついた声で、オールが声をかける。
聖女は眉間に皺を寄らせて、アスールを睨んだ。
三人の聖人が視線だけをアスールに向けると、アスールは首をオールに向けた。
人間の動きと言うより、無機物の砲台が照準を合わせるかの如く首が動いた。
その動きに、全ての者が身構える。
アスールは制御装置が付けられ、魔法を撃てない状態だったが、オールと聖女はセピアを守る様に立ち上がり、聖人達と共にすぐさま攻撃を与えられる様に構えた。
アスールの澄んだ青い目が虚ろな目に変わり、口元がだらんと下がる。
『邪神の移動方法は話さないのか?』
力が抜けた唇から、声が流れて来た。
話している様な声とは違い、機械から再生された様なその声は、アスールの声ではない。
『君達は愚兄の事を話していたな…』
声の主は含み笑いをする。
『安心したまえ、愚兄は死んでいるよ。彼には最期に役割を果たして貰った』
「お前は…」
オールはいつでも魔法を放てる体勢になる。
『そしてこの体にも…最後の役目を果たして貰おう』
アスールの口から、突如黒い闇が流れ落ちていく。
ごぽごぽと音を立てて床に広がるその真っ黒な闇が、部屋にある全てを包んだ。
暗闇。
手を伸ばせば触れあうはずの隣の者ですら、お互いの姿さえ見えない、声も届かない。
オールと聖女はそれでも、セピアが居る方へ足を速めた。
だが、ベッドさえも彼らの足に当たる事はない。
暗闇の中走る二人は、セピアにはたどり着けなかった。




