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「セピア…どうか…私を見て欲しい」
部屋の照明を背にした黒い影は、セピアににじり寄って来た。
「やっと…逢えたのだ…」
邪神は手を伸ばし、セピアの頬に触れる。
セピアは小さく首を振った。
「聖女…様は…」
「今は中に…」
「貴方…は…、名前は…」
「名はない…」
「…どうして…聖女様に…?」
「聖女が吸い込んだからだ」
(え…吸い込んだ?)
「私が昔、瑠理香に付けた跡が、生まれ変わりである君に付いていた…」
(…お腹の…あれ…?)
「それに彼女が…口付けをしてしまった」
(あ…あの時の…)
「間接的な…モノだろうか。私は聖女に吸い取られ…」
「そんな…聖女様は…どうなるの?」
セピアの目尻に涙が浮かんだ。
「大丈夫よ」
セピアの目の前で、今度は黒い部分が銀色に反転する。
「押さえ込めば私は私に戻れるから」
「聖女様!!」
セピアは目の前の聖女に抱き着いた。
銀色の髪に金貨色の瞳、そして花の香。
「良かった…せいじょ…さ…ま?」
ホッとしたのも束の間、セピアの腕の中には邪神が居た。
セピアは離れようとしたが、グッと抱きしめられて逃げる事が出来ない。
「はな…して…」
「怯えないでくれ…」
悲痛な声がセピアの耳に響いた。
触れあう胸から、心臓の鼓動が伝わって来る。
「こうすれば…私の黒が…見えないだろう…?」
セピアは邪神の抱きしめる手が、震えている気がした。
ただ…そう言われると、黒髪は見えるのだが、セピアは頭を少し動かした。
細い華奢な肩しか見えない。
「ふふふ」
邪神がセピアの気遣いに気が付いたのか、笑った。
「君は…優しいな」
「私は…タドミール女王では…ありませんよ」
黒髪を見ない様にした所為か、セピアは落ち着きを取り戻していた。
(ちゃんと話を…した方が良いのね…)
セピアの中で対話する覚悟が出来た。
トラウマになっている黒髪さえ見えなければ、夢の中と何も変わりはない。
それに、聖女の花の香りが、セピアに安らぎを与えてくれた。
「分かっているよ。彼女とは違う事を。しかし、恋焦がれてしまう…」
「違う人間なのに…ですか?」
「魂の匂い…だろうか。…やはり君は彼女の生まれ変わりなのだと、私には分かってしまう。そしてその匂いで魅かれ、求めてしまう」
邪神はふっと軽く笑った。
「聖女の言う通り…私も馬鹿なんだ」
キュッと邪神の腕に力が入る。
セピアは力強さを感じながらも、痛くなかった。
「君に逢いたくて…君を自分の物にしたくて…たまらない」
触れたかった。と、邪神の声が切なく漏れた。
「それでも…私は…オール様の…婚約者です」
セピアは自信のないまま、今の自分は『オールのモノ』だと答えた。
俄かに邪神の纏う空気が変わった。
「…人間の決めた…それに…意味はあるのか?」
苛立ちを含んでいた。
「…人間同士の…約束です」
「約束…か。…瑠理香も…約束をしていたのに…裏切られた。人間同士の約束など…軽く、破られるものだ」
セピアは首を振った。
「容易く破られるものもあるでしょう。しかし、私は破れません。彼が破棄を言わない限り」
セピア邪神から少し体を離し、顔を見て宣言した。
「ふふ…君らしい…」
金貨色の目が細くなる。
その瞳が、聖女の笑った時と同じだった。
ズキッ
セピアは胸が痛んだ。
(邪神…が笑っているだけなのに…)
「しかし、人間は変わる…誠実で優しかった彼女が…変わった様に」
邪神はそう言うとまた、悲しげに笑った。
「もう良いでしょう?」
聖女の声と共に黒髪がひと房に戻る。
「ごめんなさい、セピア」
邪神の想いが強すぎて制御しきれない時がたまにある。と、聖女はセピアに説明した。
「それでも、聖装なら押さえ続けられるから…着ていたのよ。力も使えるままだし…」
「聖女様」
説明を続けようとする聖女に、セピアはベッドに正座し強めの声を出した。
「な…何?」
セピアの様子に、聖女が姿勢を正した。
二人共ベッドの上で正座し、向き合う。
セピアの眉間に少し、皺が寄っていた。
「どうやって…と言うか、どうして邪神を吸ったりしたのですか。何故…聖女様の中に…」
セピアの顔が悲しいのか怒って居るのか、複雑な面持ちを浮き上がらせていた。
「それは…」
「制御って…何ですか…危険はないのですか…?」
「…」
セピアの顔を見る聖女は、困った顔をした。
「危険性は…有るかどうか分からないわ」
「ならどうして」
「…邪神の存在を知った時から…そうしようと…思っていたのよ」




