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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
聖女の愛

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1

セピアは自分を包んでいたモノが、シュルシュルと音を立てて離れていくのが分かった。


(少し…寂しい)


感じていた仄かな暖かかみも、離れてしまった気がした。


(母は…産んだ後、プリシカに逃げたのね…)


逃げた先で再会してしまったアズ。


(その時、二人共どう思ったのかしら…)


ピュアレへの残虐な仕打ち。

それをしたのはオンブル伯爵だが、その因果を引いたのは公爵だ。

セピアの母はその妻。


自分の妹の末路を、彼女から聞いたか、他から聞いたのか。

知らないままだったのか。

そのどれでも、アズは複雑な思いを持っただろう。


(アズ聖人は…眠りに入っている)


自分の母の事を聞こうにも聞けない。と、セピアは思った。


(どんな顔をして…聞くというの…)


頬に優しく触れる感触に、薄暗い世界から出る様に瞼をゆっくりと上げた。


「起きた?」


白い指先の向こうに金貨色の優しい目が、細く浮かんでいる。

銀髪の美しい髪が、肩から滑り落ち、セピアの頬や首元をくすぐる。


「聖女…様」


聖女はまだ女性用の鎧を身に着けていた。

腰に有る黒い布がセピアの腕に巻き付き、セピアもそれを握りしめている。


「ご、ごめんなさい!」


慌ててセピアは起き上がり、布から手を離した。

しかし、しっかりと腕に巻き付いている。


「いいのよ」


解こうとするセピアの手を、聖女は優しく握った。


(私が握っていたから、聖女様…着替えられなかったのでは…?)


戦いの後の汚れや傷は無かった。


「ごめんなさい。聖女様…私が握っていた所為で…あの…」


申し訳なさそうにするセピアに、聖女は首を横に振る。


「良いのよ、セピア。…と言うより、これの方が貴方に絡み付いていたの」


聖女はそう言うと、黒い布をぎゅっと握った。

すると、痛みに身をよじる様に布がセピアから離れた。


「それに…聖装を解くと…セピアがビックリすると思って、起きたら解こうと思っていたのよ」


セピアのいるベッドから、聖女が下りる。


(…私が…びっくりする?)


「…驚かないでね…」


聖女の言葉には、驚く事を心配するよりも、もっと違う不安が含まれていた。


(…何を…)


セピアが不思議に思っていると、聖女の体を光と黒い煙の様な物が包んだ。

それが消え去ると、いつものドレスに身を包んだ聖女が立っていた。

しかし、髪の一部が黒い。


「聖女様…髪が…」

「そうね、まだ抑えているから…一部で済んでいるわ」

「どう言う事ですか…」

「こういう事だ」


聖女の声が低いような高いような、不思議な声色に変わる。

そして、聖女の変化にセピアは息を飲んだ。


銀髪だった髪の全体が黒く染まり、先程まで黒かった部分だけが銀に変わっていた。

眉もまつ毛も、透き通るような美しさを捨て、真っ黒に艶めいていた。


(…黒…髪…)


顔は聖女なのだが、ほぼ全ての色が黒に支配されていた。


『同じ人物なのに、同じに思えない』


ひと房だけ残った銀髪が、消えかけた聖女の名残の様に思えた。


「聖女様…」

「私は聖女ではない」

「誰…」

「君達が言う所の…邪神。と言う者だ」


『邪神を持っているのは、私』


オンブル伯爵の屋敷から、ブラン達が待つ洞窟へ移動する直前に、聖女は彼に言った。

そして、闇の魔法を使った。


「体を…聖女様の体を…乗っ取ったの?」

「いや、違う」

「じゃあ何故…」


邪神と名乗る黒髪の聖女は、ゆっくりとセピアの前に腰かけた。

足元のシーツが重みで歪む。

咄嗟にセピアは足を縮めた。


「怖がらないで…欲しい」


邪神が眉を下げる。

セピアは邪神に言われて初めて、自分が怯えているのに気が付いた。

近くで見ると、黒いまつ毛に覆われた奥に在る瞳は、金貨色をしている。


(聖女様の…目)


「聖女はこの姿を見れば、セピアが怯えると言っていた…しかし、私は見て欲しかった」


黒髪が揺れる度に、色変え水で黒色に変わったアスールと、そのアスールに似たオンブル伯爵の姿がセピアの目に蘇った。

そして、あの、プリシカへの移動の瞬間に悍ましい(おぞましい)姿で笑ったオンブル伯爵が。


セピアは彼を思い出すと、背筋に悪寒が走り鳥肌が立った。

小刻みに指先が震える。

全身が体温を失った様に寒く、冷たい水の中に居る様に感覚が無くなっていく。


自分の上に掛かっていた毛布を、手繰り寄せ握りしめた。

出来れば、彼女はそのまま毛布を被り隠れてしまいたくなっていた。

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