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セピアは自分を包んでいたモノが、シュルシュルと音を立てて離れていくのが分かった。
(少し…寂しい)
感じていた仄かな暖かかみも、離れてしまった気がした。
(母は…産んだ後、プリシカに逃げたのね…)
逃げた先で再会してしまったアズ。
(その時、二人共どう思ったのかしら…)
ピュアレへの残虐な仕打ち。
それをしたのはオンブル伯爵だが、その因果を引いたのは公爵だ。
セピアの母はその妻。
自分の妹の末路を、彼女から聞いたか、他から聞いたのか。
知らないままだったのか。
そのどれでも、アズは複雑な思いを持っただろう。
(アズ聖人は…眠りに入っている)
自分の母の事を聞こうにも聞けない。と、セピアは思った。
(どんな顔をして…聞くというの…)
頬に優しく触れる感触に、薄暗い世界から出る様に瞼をゆっくりと上げた。
「起きた?」
白い指先の向こうに金貨色の優しい目が、細く浮かんでいる。
銀髪の美しい髪が、肩から滑り落ち、セピアの頬や首元をくすぐる。
「聖女…様」
聖女はまだ女性用の鎧を身に着けていた。
腰に有る黒い布がセピアの腕に巻き付き、セピアもそれを握りしめている。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててセピアは起き上がり、布から手を離した。
しかし、しっかりと腕に巻き付いている。
「いいのよ」
解こうとするセピアの手を、聖女は優しく握った。
(私が握っていたから、聖女様…着替えられなかったのでは…?)
戦いの後の汚れや傷は無かった。
「ごめんなさい。聖女様…私が握っていた所為で…あの…」
申し訳なさそうにするセピアに、聖女は首を横に振る。
「良いのよ、セピア。…と言うより、これの方が貴方に絡み付いていたの」
聖女はそう言うと、黒い布をぎゅっと握った。
すると、痛みに身をよじる様に布がセピアから離れた。
「それに…聖装を解くと…セピアがビックリすると思って、起きたら解こうと思っていたのよ」
セピアのいるベッドから、聖女が下りる。
(…私が…びっくりする?)
「…驚かないでね…」
聖女の言葉には、驚く事を心配するよりも、もっと違う不安が含まれていた。
(…何を…)
セピアが不思議に思っていると、聖女の体を光と黒い煙の様な物が包んだ。
それが消え去ると、いつものドレスに身を包んだ聖女が立っていた。
しかし、髪の一部が黒い。
「聖女様…髪が…」
「そうね、まだ抑えているから…一部で済んでいるわ」
「どう言う事ですか…」
「こういう事だ」
聖女の声が低いような高いような、不思議な声色に変わる。
そして、聖女の変化にセピアは息を飲んだ。
銀髪だった髪の全体が黒く染まり、先程まで黒かった部分だけが銀に変わっていた。
眉もまつ毛も、透き通るような美しさを捨て、真っ黒に艶めいていた。
(…黒…髪…)
顔は聖女なのだが、ほぼ全ての色が黒に支配されていた。
『同じ人物なのに、同じに思えない』
ひと房だけ残った銀髪が、消えかけた聖女の名残の様に思えた。
「聖女様…」
「私は聖女ではない」
「誰…」
「君達が言う所の…邪神。と言う者だ」
『邪神を持っているのは、私』
オンブル伯爵の屋敷から、ブラン達が待つ洞窟へ移動する直前に、聖女は彼に言った。
そして、闇の魔法を使った。
「体を…聖女様の体を…乗っ取ったの?」
「いや、違う」
「じゃあ何故…」
邪神と名乗る黒髪の聖女は、ゆっくりとセピアの前に腰かけた。
足元のシーツが重みで歪む。
咄嗟にセピアは足を縮めた。
「怖がらないで…欲しい」
邪神が眉を下げる。
セピアは邪神に言われて初めて、自分が怯えているのに気が付いた。
近くで見ると、黒いまつ毛に覆われた奥に在る瞳は、金貨色をしている。
(聖女様の…目)
「聖女はこの姿を見れば、セピアが怯えると言っていた…しかし、私は見て欲しかった」
黒髪が揺れる度に、色変え水で黒色に変わったアスールと、そのアスールに似たオンブル伯爵の姿がセピアの目に蘇った。
そして、あの、プリシカへの移動の瞬間に悍ましい姿で笑ったオンブル伯爵が。
セピアは彼を思い出すと、背筋に悪寒が走り鳥肌が立った。
小刻みに指先が震える。
全身が体温を失った様に寒く、冷たい水の中に居る様に感覚が無くなっていく。
自分の上に掛かっていた毛布を、手繰り寄せ握りしめた。
出来れば、彼女はそのまま毛布を被り隠れてしまいたくなっていた。




