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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
始まりの音

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2

トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。


(これは…誰かの心臓の音)


トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。


(お母様…なのかしら。いいえ、侯爵家の母は…母ではない)


トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。

トクン…トクン…トクン…。


(でも…安心する)


『公爵家の子供が女だと!?殺せ!』

『いいえ、この子は産みます!』

『許さぬ。王の血筋である私に、そんな不名誉な事が起こって良い訳がない』

『やっと授かった一子ですよ!?』


男女の争う声がする。


『一子目だからこそ、男でなくては!』

『いいえ。この子は』


バシッ…

叩く音がくぐもって聞こえた。


『奥様!!』

『旦那様。落ち着きを』


側で男女の声が上がった。

二人共、口論をしている男女より歳をとっている声だ。


『私に指図するのか?』

『いえ…出過ぎた真似を致しました』

『医者を呼べ。子供を下ろすのだ』


ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。


(不安が…広がっていく音だわ…)


『公爵様。もう下ろせる時期ではありません』


カチャカチャと金属音を立てている男が、公爵様と呼ばれる男に言った。


『では、殺せ』


冷たい声に、心拍が速くなる。


ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。


(私の音かしら…それとも…)


『胎児を殺す事が、奥様を殺す事になっても…ですか?』

『女など変わりは居る』

『いいえ、奥様は他の女とは違います…それを知って居て娶られたのでは?』

『…どう言う事だ』


男は初耳だという声を出す。


『初代女王の息子…邪神大戦後に即位した女王を討ち、現在のノワールの秩序…『力こそ全て』を作りし王の、消えたかの様に思われていた血筋でございますれば、現王の血筋である貴方様との釣り合いが取れましょう。他では…』

『それは…本当か?』

『はい。彼女はタドミール女王ともう一人の勇者の子であったヴェンジェンス・ノワール王の子孫です』


(女王と…勇者の…子供…)


トクン…トクン…トクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。

トクン…トクン…トクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。


『この子をセピアと名付けます』

『…』

『反対しないのですか?』

『産むのを許そう』

『本当に?』

『あぁ。…だが』


ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。

ドクン…ドクン…ドクン…。


『もしも、黒髪で黒色の目をして居なければ…その時は、命はない』

『そんな!』

『怯える必要はないはずだ。我々の子供であれば…黒色を持って生まれる』

『まだ…疑ってらっしゃるのですね』

『…』

『あの人は…貴方が殺したではありませんか…』

『奴隷の分際でお前を狙った男の事なら…』

『アズはただ…私を気遣ってくれただけなのに…』

『アイツの名を呼ぶでない』


(アズ…?)


『…アイツの名は呼ぶな…いや、ハッキリ言っておこう。あいつは自分の妹を犠牲に生き延びた』

『何ですって?』

『アイツの双子の妹、ピュアレを覚えているだろう?』

『彼女に…何をしたの』

『オンブル伯爵の元へやった』

『なんて事を…彼は…』

『聖女を取り逃がしてから、特に水の魔法使いに恨みを抱いている。…どんな目に遭っているかは…想像に容易かろう』

『そんな…』


女の泣き声が聞こえる。

男は逆に薄く笑っていた。


『自分の子供が水の色を持って生まれたのも原因だろうが…皮肉だよな。兄は火の属性、自分は闇で継げたと思えば、後継者が…よりによって…水とは』


(その子供は…アスールさん…なのね)


『いいえ、いいえ…』


女は泣いて首を振る。

何を否定して居るのか、男には分からない様だった。


『まあ、黒を持って生まれる事を祈っておく事だ』


男はそう言うと、ドアから出て行った。

一人きりになったというのに、女の心音は激しく打っていた。


『オンブル伯爵…は…愛していたのよ…』


女は独り言を苦しそうに吐く。


『一度…奴隷として捕まった…ピュアレを…』

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