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「出来ました」
マホンの声が、しんみりとした空気の中、気を引き締める様に冴え渡る。
「これで、プリシカまで飛べます」
聖女とオールが頷くと、アスールをブランが担いだ。
彼の傷は応急措置だけで、治しはしなかった。
眼球を抜かれた右目は閉じられ、血は溢れ出していないが、中は空洞のままだ。
他の傷も止血だけが施された。
そして、血と体液で汚れたぼろ布を、腰にだけきつく巻いた。
寒さを考えるのであれば上半身も布が与えられるべきだったが、彼はもう罪人だった。
誰からも、もう与えられる事は無い。
セピアはアスールから視線を逸らす。
未婚の令嬢が、半裸の男を見るのははしたない。
本物の侯爵令嬢では無かったとしても、そこは憚られる。
例え、ノワールでそれ以上の…惨劇の中、男の裸を見たとしても。
しかし、視線の拒絶はアスールにとって幸いだった。
ボロボロの恰好に、ボロボロの体。
美しかった髪も、見る影もない。
そんな自分を、セピアの記憶に残したくなかった。
プリシカ王国に戻れば、最悪の場合斬首刑になろうとも。
「サポートは必要ですか?」
ブランがマホンに問うが、マホンは首を横に振った。
「これだけの土の中だから、必要なさそう。本当に…その場の存在量で魔法の力が変わるなんてね」
「面目ない」
「ブランを責めた訳じゃないわ」
ブランは空の領域でアスールを取り逃がし、セピアを奪われた事を気にしていた。
しかし、それは力不足での事ではない。
セピアへの危険を顧みた結果だった。
「プリシカにしか居なかったから、実感が湧かなかったのよ…植物に満たされて土も豊富だったから、ノワールでは答えてくれる植物も、動かせる土すら硬い石の下だった…使えない事がこれほど…」
マホンはセピアを見た。
魔法が使えない事の、不安や恐怖をマホンは身を以って知ったのだった。
「私も同じです。城壁に囲まれたあの城の様な屋敷内で、どれほど使えたかは分かりません。他の属性もそうです。…それでもセピア嬢とアスールを救い出したお二人には感嘆の声しか出ませんよ」
二人は会話をしながらも、魔法陣の発動に向けて魔力を魔法陣に流し込む。
土が立ち上がり、みるみる鳥籠の様な形へ成形していき、中の三人を囲んだ。
「さあ。オール様達も」
ブランの声にオールや聖女、セピア。
それに…セピアにくっ付いたままのロホも順番に、魔法陣の作り出した鳥籠の中へ入った。
「では、転移します」
マホンが魔力を流し終わり、魔法を発動させる。
土が回転し始め、セピア達の周りを包みこむ瞬間、セピアは洞窟の入り口奥の暗闇に、オンブル伯爵が立っている事に気が付いた。
「ヒッ」
小さく悲鳴を上げたセピアに、聖女が気付き視線の先を見る。
青ざめたセピアの震える肩をロホが掴んだ。
「プリシカに着けば…追っては来れないわ」
聖女は顔の左半分が火傷で溶け、右肩から腕にかけての皮膚が捲れて垂れ下がりながらも、洞窟入り口に立っているオンブル伯爵に、強い視線を向けた。
地面が波打っている所為で、オンブル伯爵は近付けずにいたが、彼の後ろに幾人かの兵士も、魔法使いも立っているのが見えた。
魔法使いの髪色が、属性を示している。
全てが金髪の少年達だった。
王弟の複製体かと思えたが、一人一人の目の色が違う。
「まさか…」
金髪の少年を見たロホの腕に、力が入る。
「あれはお父様じゃないわね…」
聖女は悟り、歯を食いしばった。
オンブル伯爵は両手を広げると、声を張り上げた。
「君の異母兄弟達が会いに行くよ!!!」
一斉に彼らが魔法を放つが、発動した魔法陣の魔法は止まらず、セピア達をプリシカ王国へ移送する。
ノワール国の地下洞窟からプリシカ王国へ変わる瞬間。
「後で。ね…」
そう言って笑うオンブル伯爵を、セピアは見た。




