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「辛かろう。君達は今、光の魔法を極限にあげている。ここじゃなければ私も施設も壊滅していただろう。それに、彼も苦戦を強いられているが…圧勝されていただろうね」
オールの方を見れば、まだ研究者との戦いの最中だ。
「あぁ。研究の成果が発揮しているよ。ありがとう。いつかは試験をしたいと思っていたのだ」
「ふざけないで…人を、馬鹿にするのも…大概に…して」
「君達のおかげで、貴重なデータも取れている。礼を言うのは当然さ」
聖女は片膝を付いた。
自分の身体を支える体力さえも、限界に近い。
研究者が取り出し口へ運ぶ回復薬が、聖女の目に入った。
喉が自然に鳴る。
彼女は頭を振った。
アレは自分の父親と母親の細胞から作られた忌むべき物だ。
「一口飲めば、立ち上がり。もう一口飲めば魔力も戻る。体の傷も死んでさえいなければ治る」
オンブル伯爵が聖女の思いを見越し、耳元で囁いた。
右手のセピアはぐったりとしていた。
「どうする。これから。君達はここの全てを破壊できるか?」
ぐったりとしたセピアが、聖女の横に放り出された。
「セピア」
聖女のセピアへ伸ばした手が、オンブル伯爵の靴の下と地面に挟まれる。
「で?あの黒い炎を出したのは誰だ?」
聖女は顔を顰めた。
踏まれている掌が、ギリギリと地面に擦り付けられ、靴底で手の甲に血が滲む。
「あの炎。火の魔法使いじゃないだろう?」
「さぁ…ね」
「邪神だ。彼女から消えた邪神。…いるのだろう?どっちかに。答えろ。そうすれば回復薬をやろう」
オンブル伯爵は金色の液体が入った小瓶を、聖女の目の前で振った。
ちゃぷちゃぷと、金色が揺らめく。
「…貴方は…邪神を手に入れて、何がしたいの?」
「それはもちろん、我が物とした暁には、王位に就くさ。力こそ全てだからな」
「その後は?」
「アロガンへ向かう。そしてアロガンとプリシカ、両国を…支配する。そうすれば…」
「世界の全てが手に入るって?」
ふんっと聖女が鼻で笑った。
「馬鹿ね」
聖女は悲しそうに笑った。
「貴方も…私も」
聖女はどこまで行っても、頭部だけだったとしても、母親の本当の頭部を攻撃できなかった。
目の前に力なく倒れるセピアも、兵士に短剣を突き立てられたままのアスールも守れなかった。
『側に居たい』
「力が欲しいなんて…セピアが欲しいだなんて」
『愛してる』
聖女の身に着けた黒い布が、風もないのにひらひらと動いた。
「そうだ。私が王位に就いた日には、セピア嬢には我が妃になってもらう。奴隷との子供ではない。ノワールの純血同士の子供を儲ける為に」
オンブル伯爵の言葉にピクンと動く。
「何ですって?」
「その為にも若返りは必要だろう?なぁ、セピア嬢」
怪訝な顔を向ける聖女を見ず、自分が床へ転がしたセピアへ手を伸ばし、顔にかかった黒髪を掬う。
「先程とは違う泣き顔と…」
オンブル伯爵の指先は瞼をなぞり、頬を辿る。
「今度は私の腕の中でその寝顔を見せるのだ」
首筋から鎖骨へと指を進ませた瞬間、オンブル伯爵は黒い炎に巻かれた。
その周りには同じく、大量の血が激流の様に取り巻いている。
「「「セピアに触れるな」」」
灰色の顔をしたアスールが、両脇の兵士を血祭りに上げ、その血と自らの血を混ぜ彼を攻撃していた。
そして、シャインの元から移動したオールが、オンブル伯爵の胸倉を掴み、剣を喉元へ突きつける。
「形勢逆転ね」
動きを止めたオンブル伯爵に、ゆっくりと聖女は向き直った。
腕にはセピアを抱きしめている。
「何を馬鹿な…」
アスールの操る血が、粘度を高め足枷となる。
オールは刃を向けながら少しずつ後退し、セピアと聖女の隣に着いた。
「あ…ア…スールさん…を…」
薄く目を開けたセピアの言葉に頷くと、オールはアスールの元へ行った。
「立てるか?」
アスールは頷いたが、立つだけで精いっぱいなのは見て分かった。
オールは彼に肩を貸し、聖女へ頷いた。
「貴方を許す気はないけれど」
聖女は部屋の中を見回した。
ガラスに囚われた父と母を、もう一度目に焼き付けた。
悔しさと悲しさ、怒りを胸に燃やす。
「逃がすと思うか?」
オンブル伯爵を燃やす黒い炎は、彼の皮膚をじわじわと焼き、肉に達する。
「何だ!この炎は!…邪神…邪神の炎には…」
治る物だと高を括っていたオンブル伯爵は、自分の傷が癒えていない事に気が付いた。
すっと、聖女はセピアをオールに預け、オンブル伯爵に近付いた。
「そうよ。私の炎…邪神を持っているのは、私」
彼の耳元でハッキリと言う。
「消耗した振りをしただけ…ありがとう、セピアを返してくれて」
聖女は指先に黒い炎を点し、オンブル伯爵の目に触れた。
「ぎややややあああああああ」
蠢きのたうち回るオンブル伯爵を背に、聖女はオールからセピアを受け取る。
そして、シュルっとした音と共に、四人は姿を消した。




