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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
想いの所在

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1

矢を射られ、目を焼かれ、黒い炎に包まれても、オンブル伯爵はセピアを離さなかった。

痛みに苦しむ事も、動揺する事もしなかった。


それどころか、姿を現した二人に顔を向けると…笑った。


「何を笑っているの?アスール。よくも…よくも…」


聖女シェリラの顔が、苦々しく怒りで歪む。

いつものドレスとは違う、女性用の重厚な鎧を身に纏っていた。


金で縁取られた白銀の鎧は、彼女の銀の髪に良く映え、一層神々しさを放っている。

ガシャンと音を立てて地上に降りた彼女の、腰辺りから漂っている黒い布だけが異質に見えた。


「お前は、国に帰れば重い処罰が下される事を理解しておけ」


怒りの所為か、金の美しい髪が乱れ、鬼の形相を浮かべたオールが聖女の後ろから現れた。

動きやすさを重視してなのか、聖女よりも軽い金色の胸当てのみ付けていた。

それでも、セピアは彼が武装をしているのを見るのは初めてだった。


(違う…の…この…人は…)


二人が魔法を放つ姿勢を取る。

だが、未だセピアを離さない彼に、致命的な一撃を放つことが出来ない。


二人が放つ矢も閃光も、肩や背中に当たり負傷はさせても、腕の力を緩める事は出来なかった。

それを知って居てか、尚も彼は微笑みを浮かべていた。


二人の攻撃で、彼の長い髪が揺れる。

衝撃波はガラスケースが並ぶ部屋に、微かな風として流れた。

塵を含んだだけの、白っぽい風としてだけ。


「…待て」


オールが聖女を制した。


「何?速くセピアを…」

「様子がおかしい…それに…」


風が落ち着き始めた部屋を、オールは見渡した。

眩しい程の照明の下、塵の奥から見える、立ち並んだガラスケースに、彼はやっと気が付いた。


「ここは…この…人は…」

「お父様…」


聖女の声に王弟の口から、こぽこぽっと空気が漏れた。


「お…伯父上??」

「そうよ…お父様だわ…」


聖女はふらっとした足取りで、進みだした。

ガラスに着いた塵を手で払い、液体の中の男を見る。


「間違い…無い…この顔は…お父様よ…。自殺されたと…」


オールも父王に似た男が、ガラスケースに並んでいるのを確かめた。


「これは…これ…すべてに…伯父上…が?」


呆然としたオールが信じられない。と、呟いた。


「どう言う事なの!?アスール!!」


聖女はセピアを掴む男に、振り返り叫んだ。

しかし、男は聖女に無言で奥を指さした。

さも、嬉しそうに笑ったままだ。


「何よ…」


聖女はセピアを助けたい気持ちと、男の指さす物への興味で心が揺れた。

驚いている場合ではない。と、そう考えたが、聖女よりも先に男が指を差した方へ向いたオールの声で、向かざるを得なかった。


「…は?…」


聖女は視線の先の物が、何であるかすぐに理解できた。

しかし、心が認めたくなかった。


「初めまして。お二方」


アスールに似た声で、アスールと似た男が二人に声をかける。


「私はノワール国のオンブル伯爵家当主。タートザッヘ・オンブルです。どうぞ。お見知りおきを」


そう言って不躾な状態ですが。と、セピアを掴んでいない左手を胸の前に置き、軽くお辞儀をした。


「貴方…アスールではないの?」

「アスールと呼ばれていた男は、そこに…」


今度は兵士二人の足元に転がったままの、人影を指さした。

色魔法の解けた髪が、鮮血に広がっている。

一瞬では青と判断しにくい。


「…聖…女…様」

「セピア!」

「おっと。それ以上近付かれませんように」


セピアの微かに発した声に反応した聖女を、セピアの身体をわずかに持ち上げ、オンブル伯爵は牽制する。

更に首が絞まったセピアは、苦しみで眉間に皺が寄る。


(聖女様の元へ…行きたい…でも…)


セピアは倒れているアスールを見た。

自分が行動を起せば、短剣はアスールの腕まで動くだろう。


聖女は近付く代わりに光の矢を放った。

それはオンブル伯爵の肩を射抜く。


「…貴方…化け物なの?」

「これはこれは心外な」


オンブル伯爵は肩をパンパンとはたいた。

すると、光の矢は消え、傷も無かった。

いつの間にか、最初に受けた矢傷も閃光で焼かれた目も綺麗サッパリ治っている。


「傷も何もない。それに…アスールの父親…だったわよね?」

「はい」


聖女に対し、オンブル伯爵はにこやかな表情のまま立っていた。

セピアも違和感を覚えていた。

奴隷商街で出会った時よりも、部屋で対峙した時よりも…。


「…貴方。父親って言う年齢に見えないわ。むしろ…」


(そう、むしろ…)


「双子みたいに見えるわ」


オンブル伯爵は若返っていた。

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