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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
戦争の為の戦争犠牲者

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80/100

5

二人の会話が途切れた。

じっとセピアを見るオンブル伯爵の視線は、刺すように痛い。


シュルっと音がして、アスールが兵隊二人に両腕を抱えられ現れた。

青い髪が血で汚れ、床に触れそうになっている。

髪に隠れた顔は項垂れ、表情は分からない。


隙間から見える顔色は、灰色に近い。

目元には深い影が掛かっている。

服は着ていなかった。


ただ、赤黒い汚れと水気を含んだ跡が所々有る布に、身を包まれていた。

しなやかなラインを浮かべる鍛えた腹筋や太ももが、力なく引き摺られている。


体中に深い傷と浅い傷が見え、開かれた皮膚から赤い血が線となり、幾つも流れていた。

ぽたぽたと、床に血が落ちていく。

兵達がアスールから手を離すと、彼は床に転がった。


「さぁ、話す気になるかね?」


床に転がされたアスールの元へ走ろうとしたセピアを、オンブル伯爵は捕まえた。


「どうやって魔法を喰う?」

「離して」

「君が言う事を聞かなければ、アスールの命は無い。そう言った筈だ」

「貴方!…貴方の子でしょう!!」

「あぁ、ただの奴隷との間に出来た子供だ」

「愛情は無いの?」

「無いと言っただろう。それより質問に答えたまえ!!」


オンブル伯爵はセピアの頬を殴った。


「どうやって力を手に入れている!どこに邪神の口付けは…跡はどこだ!」


セピアの胸倉を掴み、引き寄せた。


(ンッグッ)


セピアの喉元が絞まった。


「おい!」


オンブル伯爵の声を合図に、兵士が短剣をアスールの掌に突き刺した。


「うあっあああ…」


アスールが力の無い声で呻く。

微かに開いた右瞼の奥から、血が水音を立てて溢れ出した。

そこに眼球は無い。


「アスールさん!」


オンブル伯爵の腕を振り払おうと、セピアは藻掻いたが振り解けずにいた。


(凄い…力。どうして…)


オンブル伯爵の部屋で掴まれた時よりも強く、彼の腕は微動だにしない。

ふと、セピアは違和感を覚えた。


奴隷商街で見た時も、二人は似ていると思った。

アスールが歳を取れば、そっくりになるのではないか。と。

地下一階でも、彼と仕草や表情がそっくりだった。


(目の前の彼は…)


そんな事を考えていると、再度アスールの呻く声が上がった。

今度は掌から手首の方まで、短剣が動いている。

貫かれたまま手首まで動いた刃は、血管はもちろん色々な神経を切り、進んでいる。

その場に小さな血だまりが出来た。


「止めて!」


セピアは、自分を掴むオンブル伯爵の腕を両手で握りしめた。


「では話せ」


セピアは声を振り絞った。

微かな、ただの風の音でさえもかき消される様なか細い声が、今の自分の精一杯なのだと思う。


「なんだと?」


オンブル伯爵の腕に、更に力が入った。


「お願い…します…」

「もう一度!もう一度言え!」


ガクガクとオンブル伯爵は、セピアを揺り動かした。

自分の計画がここで初めて、頓挫した可能性を頭に浮かべた。


「もう一度答えろ!!」


確かめたいのはセピアの言葉か、自分の耳か。

セピアの息を、話し出す息使いにオンブル伯爵は注視した。

微かにセピアの口が開く。


「分からないの…どう、魔法を取って居るのか…跡もどこにあるのか」

「そんな訳は無い!」

「…封印の印は…聖女様が…見つけたの…それ以外に…お腹に…跡が有ったけれど…」


セピアの言葉を聞くや否や、オンブル伯爵はセピアのドレスを破った。

白い腹が露わになる。

そのきめ細かな柔らかい肌には、跡も何も無かった。


「封印が解かれた後…気が付いたら…消えてい…たわ…」


オンブル伯爵が、セピアの首を締めあげていた。

つま先が床に触れるか触れないかの所で、必死に着こうとしているが、尚首が絞まる。


セピアは飛翔魔法を唱えた。

が、オンブル伯爵の腕から逃れる事も、浮く事も出来なかった。

この部屋には負の感情と同時に、魔法を封じる措置が施されていた。


木の一つも、草の一本も生えていないこの国で、木の魔法は使えなかった。

土もこの硬い石で作られたこの場所では、無理だった。


水、火、風、光、闇。

これがこの国で使える属性だった。

しかし、この部屋では闇魔法以外の魔法が使えない。


「消えた…だと!?ふざけるな!」


今までの余裕が嘘の様に、オンブル伯爵は怒鳴った。

邪神の口付けからセピアへ、セピアから自分へ。

そう、魔法の移行を考えていた。


それが全て水の泡になった。

邪神を知り逃げられ、何年も…十何年も赤子を探し、やっと手に入った。

握りしめる手の中に『邪神の口付け』を持った娘を掴んでいた。


「なのに…消えた・・・だと?」


『セピアを離しなさい』


愕然とするオンブル伯爵の肩に、光の矢が刺さった。


『セピア嬢を離せ』


一筋の閃光が目を焼いた。


『セピアを離せ!!』


声が部屋に響くと、オンブル伯爵の腕が燃え上がる。

その炎はロホの火魔法の炎とは違う。


見た事の無い黒い炎だった。

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