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二人の会話が途切れた。
じっとセピアを見るオンブル伯爵の視線は、刺すように痛い。
シュルっと音がして、アスールが兵隊二人に両腕を抱えられ現れた。
青い髪が血で汚れ、床に触れそうになっている。
髪に隠れた顔は項垂れ、表情は分からない。
隙間から見える顔色は、灰色に近い。
目元には深い影が掛かっている。
服は着ていなかった。
ただ、赤黒い汚れと水気を含んだ跡が所々有る布に、身を包まれていた。
しなやかなラインを浮かべる鍛えた腹筋や太ももが、力なく引き摺られている。
体中に深い傷と浅い傷が見え、開かれた皮膚から赤い血が線となり、幾つも流れていた。
ぽたぽたと、床に血が落ちていく。
兵達がアスールから手を離すと、彼は床に転がった。
「さぁ、話す気になるかね?」
床に転がされたアスールの元へ走ろうとしたセピアを、オンブル伯爵は捕まえた。
「どうやって魔法を喰う?」
「離して」
「君が言う事を聞かなければ、アスールの命は無い。そう言った筈だ」
「貴方!…貴方の子でしょう!!」
「あぁ、ただの奴隷との間に出来た子供だ」
「愛情は無いの?」
「無いと言っただろう。それより質問に答えたまえ!!」
オンブル伯爵はセピアの頬を殴った。
「どうやって力を手に入れている!どこに邪神の口付けは…跡はどこだ!」
セピアの胸倉を掴み、引き寄せた。
(ンッグッ)
セピアの喉元が絞まった。
「おい!」
オンブル伯爵の声を合図に、兵士が短剣をアスールの掌に突き刺した。
「うあっあああ…」
アスールが力の無い声で呻く。
微かに開いた右瞼の奥から、血が水音を立てて溢れ出した。
そこに眼球は無い。
「アスールさん!」
オンブル伯爵の腕を振り払おうと、セピアは藻掻いたが振り解けずにいた。
(凄い…力。どうして…)
オンブル伯爵の部屋で掴まれた時よりも強く、彼の腕は微動だにしない。
ふと、セピアは違和感を覚えた。
奴隷商街で見た時も、二人は似ていると思った。
アスールが歳を取れば、そっくりになるのではないか。と。
地下一階でも、彼と仕草や表情がそっくりだった。
(目の前の彼は…)
そんな事を考えていると、再度アスールの呻く声が上がった。
今度は掌から手首の方まで、短剣が動いている。
貫かれたまま手首まで動いた刃は、血管はもちろん色々な神経を切り、進んでいる。
その場に小さな血だまりが出来た。
「止めて!」
セピアは、自分を掴むオンブル伯爵の腕を両手で握りしめた。
「では話せ」
セピアは声を振り絞った。
微かな、ただの風の音でさえもかき消される様なか細い声が、今の自分の精一杯なのだと思う。
「なんだと?」
オンブル伯爵の腕に、更に力が入った。
「お願い…します…」
「もう一度!もう一度言え!」
ガクガクとオンブル伯爵は、セピアを揺り動かした。
自分の計画がここで初めて、頓挫した可能性を頭に浮かべた。
「もう一度答えろ!!」
確かめたいのはセピアの言葉か、自分の耳か。
セピアの息を、話し出す息使いにオンブル伯爵は注視した。
微かにセピアの口が開く。
「分からないの…どう、魔法を取って居るのか…跡もどこにあるのか」
「そんな訳は無い!」
「…封印の印は…聖女様が…見つけたの…それ以外に…お腹に…跡が有ったけれど…」
セピアの言葉を聞くや否や、オンブル伯爵はセピアのドレスを破った。
白い腹が露わになる。
そのきめ細かな柔らかい肌には、跡も何も無かった。
「封印が解かれた後…気が付いたら…消えてい…たわ…」
オンブル伯爵が、セピアの首を締めあげていた。
つま先が床に触れるか触れないかの所で、必死に着こうとしているが、尚首が絞まる。
セピアは飛翔魔法を唱えた。
が、オンブル伯爵の腕から逃れる事も、浮く事も出来なかった。
この部屋には負の感情と同時に、魔法を封じる措置が施されていた。
木の一つも、草の一本も生えていないこの国で、木の魔法は使えなかった。
土もこの硬い石で作られたこの場所では、無理だった。
水、火、風、光、闇。
これがこの国で使える属性だった。
しかし、この部屋では闇魔法以外の魔法が使えない。
「消えた…だと!?ふざけるな!」
今までの余裕が嘘の様に、オンブル伯爵は怒鳴った。
邪神の口付けからセピアへ、セピアから自分へ。
そう、魔法の移行を考えていた。
それが全て水の泡になった。
邪神を知り逃げられ、何年も…十何年も赤子を探し、やっと手に入った。
握りしめる手の中に『邪神の口付け』を持った娘を掴んでいた。
「なのに…消えた・・・だと?」
『セピアを離しなさい』
愕然とするオンブル伯爵の肩に、光の矢が刺さった。
『セピア嬢を離せ』
一筋の閃光が目を焼いた。
『セピアを離せ!!』
声が部屋に響くと、オンブル伯爵の腕が燃え上がる。
その炎はロホの火魔法の炎とは違う。
見た事の無い黒い炎だった。




