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目の前で運ばれて行く肉片が、元は人間だとセピアの脳は認識できずにいた。
滴り落ちる血が、跳ねるまでに溜まると、誰かが水で洗い流す。
その為にここはタイル張りになっていると言う事は、理解できた。
だから、セピアの頭がおかしくなった訳では無かった。
寧ろ、おかしくなっていた方が良かったのかも知れない。
くり抜かれた目玉が灯りに反射し煌めいた。
それはまるで宝石を扱うかのように、一つ一つ丁寧に箱に並べられていく。
髪の束が水に漂い、汚れや血を落とされると軽く水気を取った後、目とは違う箱へ入れられた。
セピアはこの国に来てから初めて、綺麗な水を見た。
機械音が鈍く鳴り響いている。
チンッと微かに高い音がして、セピア達が乗って来た小さな部屋のドアが開いた。
ズルっジュルッ。
何かを引き摺る音が、セピアに近付いて来る。
黙々と死者を解体している者達は、そちらを気にも留めない。
オンブル伯爵もセピアも、振り向かなかった。
「おい」
野太く凄みのある声がした。
声の持ち主はセピア達に声をかけたのではなかったが、他の者達であれば誰でも良い。
そんな感じの声のかけ方だった。
黒い服を着た一人が、セピア達の横を通り過ぎた。
それを目で追ったセピアは、屈強な男が立っているのを見た。
男は引き摺っていた何かを、投げつける様に黒服へ渡した。
『壊れた』
『左様で』
『修理したら28に』
『承りました』
黒服が恭しく頭を下げると、男は戻って行った。
二人の会話はノワール語で交わされた所為で、セピアには何を言っているかは分からなかったが、オンブル伯爵はニヤリと笑う。
「ちょうど良い」
オンブル伯爵はその黒服が、どこかへ行こうとするのを呼び止めた。
彼が二言三言話す。
黒服が頷くと二人が歩き出したのを見て、セピアは後ろに付いて行った。
先を歩く黒服の受け取ったモノは、血だらけの息も微かな人間だった。
それを重く大きな荷物の様に黒服もまた、引き摺りながら歩く。
通路に血のラインが引かれても、その場に居る者達はやはり気にしなかった。
一つの部屋に入ると、そこには色々な色水の入った瓶が並んでいた。
壁際には到底ベッドとは言えない、ビニールが掛けられたただの台が並んでいた。
部屋に居た一人がこちらに気付くと、その一つに黒服が抱えていた人間を乗せた。
遠巻きに見ていたセピアの背中を、オンブル伯爵は押し、台へと近付けた。
台に乗せられたのは黒髪の女性だった。
黒服達が棚から瓶を選び、取り出す。
一人が否定し瓶を変える。
もう一人がそれをまた否定し…と、何度か瓶を変えては口論じみたやり取りを繰り広げた。
オンブル伯爵が痺れを切らしたのか、一言言い放つと口論は終わり、黒服達はそそくさと台の横の小さな机に瓶を並べた。
何種類かの色水を数滴、または小さじ一杯。
スプーンですくっては混ぜていく。
その中の一つに、アスールに飲ませていた金色の水も入っていた。
黒服が調合し終わった物を、女の口に流し込んだ。
その瞬間、ボロボロの服から見えていた傷だらけの皮膚が再生し始め、汚れだけが残り、息も絶え絶えだった女がヒュホオッと音を立てて、勢いよく息を吸った。
セピアはパクパクと口を開け閉めし、何かを訴えかける女の顔を血の気が引いた顔で見ていた。
女はこの時、セピアへ救いを懇願していた。
繰り返し繰り返し、皮膚を裂かれ、あるいは焼かれ、殴られ、やっと死ねると思えた時には、回復薬の調合の実験に使われ、息を吹き返す。
そしてまた、部屋に戻されると今度は違う方法で甚振られ続ける。
『女である』と言うだけで、兵士の慰め物になり、実験に使われて来た。
性器を切り、中をかき混ぜられ、男の思がまま、家畜よりも劣る扱いを受けていた女は、目の前に立つセピアに嘆いた。
が、自身の言葉が伝わっていないと分かるや否や、懇願の言葉は罵倒の言葉に変わる。
醜悪な顔で叫ぶ女が立ち上がる前に、拘束具が嵌められると女は感電した様に全身を震わせ気を失った。
力なく台に横たわる女を、黒服達は台車へ投げ落とすと、それを押して部屋を出て行った。
その姿が見えなくなると、オンブル伯爵が目を細め、セピアに微笑む。
「これがこの国の…長年の研究の成果だ」




