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「…基?」
「そうだ。それは幼く力が弱い子供が、育てられたから、優しくされたから、それらを愛と呼ぶと教わったからに過ぎない。そうは思わないかね?」
要するに『刷り込み』なのだと、オンブル伯爵は言う。
「それはその前に愛が有るから…」
「違うね。教えられたからそう思った。ただそれだけだ」
「両親は私を愛してくれたわ」
セピアの声は微かに震えている。
オンブル伯爵は、慰める様に…あるいは我儘な子供を諭す様に、穏やかな声で辛辣な言葉を吐いた。
「いいや、赤子を拾った『情け』だよ。他人の目を気にする貴族の世間体だ」
「違うわ」
「血の繋がらない赤子を愛せるか?…愛せる訳がない。君も分かっている筈だ」
「違う」
「違わない。現に妹との対応の差は無かったか?」
「リーベと…の?」
「妹は魔力を封じられたか?」
「それは…」
「強さが問題か?…違うはずだ。身の危険を感じた理由は?それも強さの話か?」
オンブル伯爵はじりじりとセピアへ近付いて来る。
白い煙は彼の口から吐かれ、薄暗い背後へ消えていく。
部屋の中から聞こえていた、女の悲鳴も男の笑いも耳に届かなくなる。
ただ、セピアにはオンブル伯爵の声だけが響いた。
「分かっている筈だ」
トンッと、セピアの背中が壁に当たる。
いつの間にか、後退していた。
壁の冷たさが、触れた両掌からセピアの身体に伝い、心臓にまで届きそうだった。
「血の繋がらない君では無く…」
(やめて…)
「自分達の子供を欲した」
(やめて…)
「だから、妹が生まれた」
(や…め…)
「ソレイユ侯爵は制御できない君を煩わしく思っただろう。自分の妻を傷付け、自分も傷付く。命さえ危ぶまれる君の魔力の強さだ。封印は容易くなかっただろうが…聖人を呼んでまで施された。…魔法を研究して居る我が国であれば、安全なやり方や実績は有った。だが…プリシカには無かったろう。それでもソレイユ侯爵は危険を顧みず実行したのだ」
たたみ掛ける様に、オンブル伯爵はセピアに耳元で囁くように、言い聞かせる様に言葉を繋げていく。
「王や聖人と結託し、君が不慮の事故で死んだとしても…無かった事に出来ただろう。君は認めたくないだろうが、私は知って居るぞ。アスールの師であるアズと、木の聖人コネクにソレイユ侯爵と夫人。グリ・ソヴァールが君の力を畏怖し封印したにも関わらず、君が陰で何を言われ蔑まれても誰も弁解すらしなかった」
セピアは目をぎゅっと瞑った。
「そうそう、リオナと言うメイドも知って居て…婚約者の王子すら庇う事もしなかった。…君は裏切られていたのだ。封印した大人達にも、メイドにも婚約者にも」
オンブル伯爵の身体が、セピアの胸に触れる程、密着する。
煙草の匂いが、鼻孔に仄かな苦みを感じさせた。
「可哀想に」
オンブル伯爵がセピアの頬に触れ、涙を拭った。
「苦しんでいるのを知って居て、君は放置されたのだ」
長く骨ばった指が、セピアの髪に触れた。
聖女や両親の手とは違う、苦労を重ねた大人の男性の手だった。
「君は心を躍らせたか?先祖の恋物語に?」
セピアの肩がビクッとする。
「戦争で敵国同士の中、生まれた恋に身を捧げた二人?…いいかい。セピア嬢…」
オンブル伯爵はセピアの髪を、彼女の耳にかけた。
頬に触れた彼の手は、目を合わせる様にセピアの顔を上に向かせた。
「勇者や聖女が邪神と戦い、プリシカ王国が建国されてからは一度も両国が戦争を起こした事はない」
「え…?」
「遠すぎるんだ。戦争するにしても」
セピアは目を見開いた。
「作り上げた先祖の話で君を騙し、国民にはノワールを悪者にする事で、結束力を固めている。それがプリシカだ。そもそも今も戦争を起こしているのは他ならぬ、グリ・ソヴァールだ」
射る様な黒い目の中に、セピアは自分の姿を見た。
「それは…王国を守る為で…」
「いいや、違う。ほぼ支配下に置いた隣国やその近辺の国には、良き王として振舞ってはいるが、世界を手中に収めんと侵略を繰り返している…負傷した兵士がどれ程居て、死した兵士がどれ程居るのか。君は知らないだろう。聖女の力で傷は癒せるが…死人は生き返らないからな」
だが。とオンブル伯爵は言葉を続ける。
「プリシカが放り出した死人達は、我が国の研究材料として流れて来る。プリシカ王国から攻撃を受けた国々が、こちらへ寄越すのだ」
「でも…」
オンブル伯爵はセピアの腕を掴むと、通路を進んだ。
そして、小さな部屋に入ると、その部屋が動き出した。
セピアは箱の中で、地下2階へと下がる浮遊感を感じた。
「この階はその兵士達を置いてある。見たまえ」




