2
周りの悲痛な声や、それをあざ笑う声の中。
セピアはつくづく、目の前の男がアスールの父親だと実感した。
髪や目の色が一緒でなくても、個々の形や表情、仕草が親子関係を物語っている。
「貴方は…アスールさんと本当に…そっくりね」
「残念な…不出来な奴だが…親子だからね」
「なのにあの人の優しさの…欠片も持たないの?」
セピアはドアを打ち付けていた手を止め、オンブル伯爵に向き直った。
ドアを何度も叩いた手が痛んだ。
「アイツも私の特性を継いでいたら、プリシカなんぞに行かずに、ここを継いでいたさ」
オンブル伯爵はまた、煙草の煙を燻らせる。
「ちゃんと教育も受け、この国の中枢で、この場所の重要さを理解して、私の跡を継いでくれていただろう…出来損なわなかったら…の話だが」
「こんな…人間を拷問するだけの場所が、重要ですって?ただ、男達が性欲と支配欲と鬱憤を晴らしているだけじゃない。国の中枢が聞いて呆れるわ」
セピアの言葉に、オンブル伯爵は微笑を浮かべた。
「そうか。君には聞こえているんだな」
セピアの胸の奥が、ズキッと痛んだ。
「ここに女だけでなく、男も居る事に気が付いているんだろう?」
「…」
「その中に聞き覚えのある声は…あるかね?」
兵士が放った言葉と伯爵が言った言葉の通り、彼がどこに居るのか、何をされているのか、セピアは分かってしまう。
近くの部屋の女達よりかは離れている為、鮮明ではないにしても。
「…」
セピアは言葉が出なかった。
その代わりに、目から涙が一筋流れた。
「助けに行くかね?そしてその眼に焼き付ければ良い。人間の醜さ、壊れやすさ、悲しみを受けて、邪神の声に従うと良い。アスールも君に見られて本望だろう。…案内してやろうか?」
オンブル伯爵が暗に示しているのは、セピアが助けに行った所で、アスールは望まないかも知れない。と言う事だと、セピアは思う。
まさに今、…そう、まさに。
今この時、彼は他の女や男同様、拷問を受けている。
それは、セピアが『見てはいけない』モノだ。
「君がドアを開け、助けに来たよ。等と言いながら、あの子の目の前に立てば…泣いて喜ぶだろう」
オンブル伯爵は思っても居ない事を口にする。真逆の事を。
(分かっている)
セピアを焚付けて拷問されているアスールに会わせ、それで起こり得る彼女への『影響』を望んでいると。
その為に、アスールの自我や自尊心が壊れても良いのだ。
「我が子の…筈なのに」
「自分の子供だからと、何故大切にせねばならない。まして、役立たずを」
「血が繋がっているでしょう?」
「それがどうした」
オンブル伯爵は冷たい目のまま、セピアを真っ直ぐ見据えた。
「愛は…愛は無いの?」
「愛などと言う下らんものを、私は持っていない」
「どうして…愛は…絶対胸の中に有るはずよ…」
悲壮な表情で訴えるセピアを、オンブル伯爵は哀れむ様な目で見た。
裏切りも何も知らない、人間の醜い部分を見た事の無い赤子が歩く先…もうすぐそこでナイフを突きつけられているかの様に。
「愛が有るから、人は生きている訳じゃない」
「それでも、愛が有るから生きていけるわ」
「では君は、アスールを愛せるかね?」
「…それは…」
セピアは答えられない。
「愛を私に説く君は、誰かを愛して居るのかね?」
セピアが問いに家族だと、答える前にオンブル伯爵は「あぁ。家族愛は有りそうだな…」と言い捨てた。
そして「だが、血は繋がっていない事は知ったはずだ。それでも愛しているか?」と付け加えた。
「…血が繋がって居なくても…」
セピアは『愛している』と言い切ろうとした。
「よく考えてみろ。その愛の基を」




