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セピアに思い当たる節があった。
それは治癒魔法でも消えなかった、あの痣だ。
「見えている部分には無さそうです」
側付の男が、ぼろ衣を抱きしめるセピアの周りをゆっくりと歩いて観察している。
彼女の力が抜けるタイミングを計りながら、隠された場所以外で何処かに有るはずだと、微かでも見逃すまいと視線を外さない。
ぼろ衣で隠されている胸や腹、内太もも、下着が辛うじて残る場所は嫁入り前の女性としては、死守するべき場所だ。
セピアも硬く身を固め、見えない様、腕と足を閉じた。
「そのぼろ布を離せ」
オンブル伯爵は「優しく言うのは最後だ」と言わんばかりに、深く煙草の煙を吐き出した。
それでも、頑なに離さないセピアの態度を見ると、煙草を消し立ち上がった。
「よかろう」
オンブル伯爵と側付の男は同時にセピアの腕を掴んだ。
抵抗しても男二人の力には、勝てない。
「嫌!離して!!」
「大人しくしろ!」
オンブル伯爵がセピアの頬を叩いた。
熱く傷む頬に、セピアの目には涙が浮かんだ。
頬を打たれ、裸を見られると言う辱めを受けている。
そんな状況に、セピアは叫びたくなった。
誰かに助けを求めたくなった。
「止めてぇ!!!」
セピアは叫びと共に、全身に力を込めた。
パキンッ!!
耳に破裂音が届いた時、本棚に何かがぶつかる音と本の落ちる音が部屋に響いた。
オンブル伯爵と側付の男は弾かれていた。
腕に着けられている輪が割れ、側付の男を本棚に吹き飛ばしていたのだった。
一方オンブル伯爵は魔法で衝撃を緩和し、よろけた程度で怪我も無く立っている。
彼は乱れた裾を払い、整えた後、本棚にぶつかり倒れている男を一瞥した。
「ふんっ」
男を助けもせず、ソファへ座るとまた煙草を点けた。
「神に制御装置は効かんか…」
動揺の欠片も見えない態度だ。
想定内であると言わんばかりに、口元には笑みを浮かべていた。
「まあ、それでも、抵抗すればアスールの命は無いと思え」
「何ですって?貴方の…息子でしょう?」
「それがどうした」
「それがどうしたですって?」
「あぁ。水の聖人だ何だと言うが、俺にとっては捕まえた女奴隷の子供だ。髪も目も忌まわしい色を持った子供なんぞ、後継にはなりはしない。ここノワールでは本来の力を発揮する事も出来ない。血は利用できるが…他にも水の魔法使いの代わりは有るからな」
「まるで人を道具みたいに…言うのね」
セピアの握りしめた拳が、先程とは違う感情で震えている。
彼女の胸に、怒りが湧き上がっていた。
「道具だよ。この国では黒以外の色持ちは。ただ、そこいらの鍋や棚よりは役には立っているがな」
オンブル伯爵はそう言うと、微かな衝撃波を倒れたままの男に向けて放った。
頭にそれを受けた男は、意識を取り戻すとよろめきながらも立ち上がり、落ちた本を拾い始めた。
「王族や貴族以外は道具。それがこの国だ。魔法が強い者が正義であり絶対なのだから」
「…それじゃ、アスールさんは貴方より上じゃない。彼は聖人の位を頂くほどの力を持っているわ」
「ふっ、はははは」
「何がおかしいの」
「ここノワールでは本来の力を発揮する事も出来ない。そう言ったでは無いか」
「…制御装置の所為でしょ。それさえ破壊できれば…」
「いいや、違うね。君は気が付いて居ない様だ」
「…何を?」
「君はこの国に来て、自分に変化が起こっているとは思わないか?」
オンブル伯爵の問いに、セピアは首を振る。
「プリシカでは封印されていた力が解放され、暴走しやすかった筈だ。ここに来た時も街でも」
「…そうね」
セピアは自分の起こした惨劇が頭に過り、目を反らしたくなった。
「だが、そのコントロールできない力の強さは?どうなっている?」
プリシカではアスールの肋骨を折り、その次は焼き…。
この国に入ってから起こした事はその比ではない。
「強くなっているだろう?それは君がこの国の魔法使いだからだ。闇が覆うこの国で、我々の持つ力も…邪神が喰った魔法でさえ増幅される…闇が力を貸してくれるからな。しかし、淀んだ空気も汚れた水も、微かな灯りでしかない火も…純粋な眷属に力を貸す事はない。分かるか?ここではどんな聖人も本来の力は使えない。アスールが万が一反抗心を持って攻撃をしても、私には通じない。魔力が強かろうが制御装置すらも壊せないんだ」
街で見たあの汚れた路地裏は、わざとそうされていた。
殺された動物も人間も、食われるまま、腐るままに放置された意味。
衛生の悪さで病に罹る人間も、死に至る人間も、闇の力の糧になる。
(犠牲になるのは平民だから…)




