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オンブル伯爵は屋敷までの道中、一言も話さなかった。
ずっと、漆黒の目で向かいに座るセピアを観察していた。
(アスールさん…)
セピアは目を覚まさないアスールの手を握りしめた。
掌から伝わる熱と手首の脈で、生存を確認しては安心を得ている。
それでも、アスールの顔色は悪い。
普段よりも揺れない馬車の、細やかな揺れでさえ、彼の命を縮めてしまう。
そんな気になっては、脈を確かめ、体温が下がっていないか手に触れる。
ぼろ布の様なローブとドレスを片手で支え、オンブル伯爵の視線にさらされたセピアは身を縮ませた。
恥ずかしさと不安と心配で、頭がいっぱいになる。
(アスールさん…生きていて)
そう願った。
(私には治癒魔法が使えない…使えたら…良かったのに)
握りしめた手を自分の額に当てて、再度祈る。
信仰深い信徒や、聖女の様がしていた様に…神へ願った。
(お願い…神様…アスールさんを助けて…)
いつもは強く思うだけで、魔法が発動した。
使おうと考えなくても使えた。
しかし、今はもうセピアの魔力は腕輪で封じられている。
(どうして、そうなる前に使わなかったの…)
セピアは自分を責めた。
アスールが倒れる前に、路地裏から出た時に、周りを囲まれたあの時に。
使っていればもっとましな結果が待って居ただろう。と。
(結局は…)
奴隷商街に血の川を作り出した。
勇が死んだ時と同じように、アスールが水魔法で殺した様にセピアも人間を破裂させた。
正しくは風魔法で切り刻むと同時に、水魔法で破裂させたのだが、二属性を同時に使える者などいない為に、彼女は自分が使ったのは水魔法だと思い込んでいた。
セピアの頭には、勇の死んでいたあの部屋の惨劇が浮かんでは消える。
同じ様に人を殺した自分に嫌悪し、吐き気が喉元を叩く。
胸に気持ち悪い熱さが広がり、心臓がぎゅっと鳴る。
(私も…いいえ、私の方が…)
『人殺し』
それは王息の婚約者と言う肩書よりも重く、誉無き黒い罪だった。
(お母様…お父様…リーベ…オール様…聖女様…)
一人ずつ顔が浮かぶ。
家族や愛してくれる者はもちろん、友好的な聖人達も皆、セピアが人を殺したと…しかも、戦場でも無い街中で、大人数を一瞬にして血に変えたと知ればどう思うだろうか。
考えれば考える程に、セピアの気持ちは暗く陰鬱になっていく。
せめて、触れる位置に居るアスールだけでも助けたい。
(それで全てが許される事はないけれど…)
少しだけ、セピアは自分の魔力が動いた気がした。
セピアからアスールへ。
血に染まった手から、血で汚れた手へ。
(どうか…この…迷える子羊に慈悲を)
教会の女神像の前で、降り注いでいる光の中。
真摯に祈りを捧げる聖女を思い浮かべた。
彼女の美しさの、ほんの一欠けらでも有ればアスールは助かるかも知れない。
治癒魔法を使う聖女の美しさの、一筋の光を…。
(お分けください)
セピアの祈りは神に聞き届けられたのか。
不確かなまま、馬車は静かに止まった。
そして、ノックされると扉がゆっくりと開かれる。
「着きました」
側付の男が頭を垂れ、主人を迎えた。
その先にも、使用人達がずらりと並ぶ。
剣を携えた兵士も多く居た。
オンブル伯爵が下りるのを待つ彼らは、微動だにしなかったが、主人の足が地面に着き、玄関扉へ歩みを進めると、装備や剣をガチャガチャと鳴らし、馬車へ乗り込んで来た。
「女は手荒にするな…一応な」
主人の声でセピアとアスールに掴み掛ると、セピアはオンブル伯爵の元へ、アスールは寝台から降ろされセピアとは別方向へ連れていかれる。
「彼をどうするのですか」
オンブル伯爵の背後から、セピアはキッと睨みつけた。
「アイツは…いつも通りお仕置きだ」
「何ですって?…話が違うわ」
「命だけは助けてやる。そういう約束だ」
「…卑怯者」
「殴るだけがお仕置きではないよ」
オンブル伯爵がニヤリと笑う。
「私に反抗しそうになった事は事実だからな。お仕置きは必要…ただ、君との約束も守ろう」
「何を…する気?」
「なあに、いつも通りアイツは可愛がられるだけさ…丁重にな」
ははっと渇いた笑い声をあげた伯爵は、これ以上ここで話す事はない。と、エントランスの先に在る階段を上がっていく。
その後を、セピアは兵士に挟まれながら上がった。
「…ねえ…アスールさんは…どこへ?お仕置きって…?」
オンブル伯爵に聞こえぬ様、兵士に小声で問いかける。
彼らはセピアの声がまるで聞こえない様な、素振りで彼女の声を無視した。
「ねえ…彼に…何をするの…?」
セピアの足がもつれ、よろけた拍子に一人の兵士が耳元で囁いた。
「アイツは男にヤラレルのさ」




