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男は本来の目的を隠そうとしなくなり、ジリジリと二人の周りを囲んでいく。
視線を外し、様子を伺っていた数人の男も、それに加わる。
セピアを奪えた奴が、勝者の様だった。
「まずいな…」
アスールが周りを警戒したが、既に取り囲まれていた。
その外側に居る連中も、強奪に参加しないが好奇心をむき出しに、二人が逃げられない様に取り囲む。
奴隷の女達は一瞬たりとも顔を上げない。
先程の男の鉄格子越しの人形達も、他人事のように視線を宙に浮かばせていた。
他の店の奴隷達も同様だ。
両手が縛られ宙に浮いたまま、外の騒ぎなど我関せずと言った体で、揺れている。
これは…ここでは日常だった。
「行け」
声をかけて来たあの店主が、自分の背後にいる者に声をかけた。
その合図で、各々の配下が一斉にアスールとセピアに襲い掛かった。
アスールには何も武器が無い。
その代わりに在る筈の魔法を、彼は使わなかった。
(アスールさん!?)
武器無しのアスールは、武術で応戦するが人数の多さには敵わない。
「俺のもんだ!!」
男の叫びと共に、セピアが抱え上げられる。
フードが外れ、顔が露わになると、周りから歓声が上がった。
「上玉じゃねえか!」
「俺にも味見を!」
「店に!」
「俺のもんだ」
「いや、俺に」
ローブが剥がされ、ビリビリに破れた服が観衆の目に晒される。
「止めろ!」
アスールの叫ぶ声が響いた。
その声を馬鹿にした笑いが起こり、二人を繋ぐ鎖に斧が振り下ろされた。
何度も振り下ろすが、鎖が切れずにいると、一人がアスールの手首を切れと言いだした。
「その間に俺は…」
セピアは簡単に地面に引き落とされ、掴んだ男の顔が近付いて来る。
「嫌!」
藻掻けば藻掻くほど、セピアの服が引き千切られていく。
「アスールさん!!」
声を大にして呼ぶが、アスールからの反応が無い。
「どうして!アスール…さ…」
襲ってくるネズミからでも、暗闇でも助けてくれたアスールが、今は魔法も使えず抵抗も空しく引き倒されていた。
(どうして!!)
自分に覆いかぶさって来る男が、最後の服を引き破った。
胸を露わにしたセピアは、羞恥心で顔が熱くなる。
「いやああああああ!!」
セピアの叫びで、一瞬にしてざわめきが消えた。
周りを囲んでいた男達も、アスールを捕らえていた男達も皆、黙る。
二重になっていた民衆達の輪の中、中心に居たセピア。
彼女の悲鳴と共に、風が四方八方に真空の輪を広げた。
一瞬の沈黙の後、シュパンッ。と音が響くと、セピアに覆いかぶさっていた男が飛散した。
頭も胴体も、腕も足も、全てがはじけ飛び、その場にはただ紅い液体が広がる。
勇が死んだ時よりも、固形の無い…液状化。
それをやったのは、アスールではなく、セピアだった。
男の返り血を一身に浴びたセピアは、赤く染まった身を起こし、立ち上がった。
周りは静かだった。
「う…ぅ」
微かにアスールの声が聞こえ、その方向に足を運ぶ。
鎖が記すその先に、アスールが倒れている。
その身はセピアと同様、真っ赤に染まっていた。
頭から足のつま先まで、紅い液体に浸し、倒れている。
その周りには、さっき居た筈の男達は居ない。
全てが人の形を保って居なかった。
「アスールさん…」
アスールの髪にセピアは触れた。
彼の体の魔力の流れが、微かに感じられる。
アスールは生きてはいたが、気絶していた。
セピアに肋骨を折られ、腕を燃やされ、アーテル子爵に殴られ…魔法を使いすぎた。
アスールには限界が来ていたのだ。
道に広がる民衆だったモノは紅い川になり、排水溝へ流れて行く。
それを、鉄格子の奥から人形達は眺め、吊るされた奴隷達も変わりなく揺れた。
静かになった道に、店の中に居た幾人かが顔を出し、呆然と立ち尽くした。
店の前を流れる紅い液体は、黒い細い物を含み赤黒く見える。
排水溝が次々に、黒だけを残していく。
「か…髪の…」
一人が拾い上げ、それが何だったかを知るや否や、人々は店の中に慌てて逃げた。
誰も居なくなった道の上。
倒れたままのアスールの側で、セピアは自分がした事をまだ理解して居なかった。




