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賑やかさの欠片も無い暗い路地は、あの淀んだ空気の漂う店の方が、何倍もマシだった事をセピアに突き付けた。
レンガの溝を伝い流れる水は、異臭を放ちながら、にちゃっとした粘性を持ち、靴の底をべた付かせ押しを取る。
屋根が折り重なり、夕日さえも通らない道には、二つか三つの灯りがぽつぽつと並んでいる。
闇に紛れた壁には、見た事も無い脚の数をした虫が、上へ下へと這っていた。
柔らかく小さい物が、不意につま先に当たる。
むにゅっとした感触だけが、セピアに伝わるが、暗くて何を踏んだのか分からない。
軽いモノはカランと音を立てて、転がって遠ざかる。
時折、ネズミの泣き声の様な音がして、それが走り去る気配がした。
少ない灯りの下で見えるモノは、アスールの上半身だけ。
それも、黒いローブを着た後姿。
フードの下から垂れ落ちた髪の毛は、いつもの青ではない。
色変え水で黒く変わった長い毛束が揺れるのを、セピアは『前に居るのはアスール』と信じているだけで、本当は違う人間に変わっているのではないか。と不安も襲う。
(闇を歩くって…こういう事なのね…)
自分とアスールを繋ぐ鎖が、灯りに当たって見える時だけ、ホッとする様になっていった。
(繋がっている)
店の中で、目の前で繋がれた鎖。
それはこの暗黒の中でも変わらない、そして確かな物だった。
(だから。目の前に居るのはアスールさん…)
かさかさとした音が、横で何かが這っているのを気付かせる。
その度に自分の肩がビクつくのを、セピアは止められない。
(怖い)
セピアはそっと、ローブの袖を鼻と口に押し当てた。
ローブの異臭よりも、歩くこの場所の腐敗臭が酷い。
脚に当たる何かも、大きな物に当たる時が増えて来た。
踏めるほどの大きさではないそれは、つま先に当たると鈍い音を立てた。
しかし、動く事も無い。
次第にセピアは、道に充満している匂いの所為で、ローブが無臭の様に感じ始めていた。
目も暗闇に慣れた所為か、薄明かりの下でなら自分が歩いている地面が見える様にもなった。
見えない方が良かった。と、セピアは思う。
辺りに落ちている物が何なのか、這っている虫のグロテスクな形状が目に入る。
軽く白いモノは人間の骨だった。
大きく動かない物は、人間の胴体だった。
小さくぶにゅっとしたモノは、食い散らかされた後の肉だった。
何本も足を横に並べた虫が、それの上を這いずり食っている。
何かの幼虫が、肉の間から溢れ落ちていた。
それらを、セピアは踏んで歩いて来た。
道の腐敗臭がより一層酷くなる所には、一見大きな袋の様な物が置かれている。
所々黒く変色し、カビみたいな物が生えた肉が汁を流し、袋の穴から漏れ出ていた。
中から半分液状化したそれを、ネズミ達は必死で出そうと引っ張っている。
その近くには動かないネズミも居た。
横向きになったまま、ぴくぴくと細い指を動かしているのはもうすぐ死ぬのだろう。
仲間の死に目もくれず、袋を喰い破る。
動く肉の塊である二人を標的にしない訳では無かったが、その都度アスールはネズミを水で殺した。
その死体にまた、何かが絡み付き…群れる。
アスールの前方に光が差した。
人達のざわめきが、セピアの耳に届くようになると、肩から力が抜けた。
(あぁ…明るい)
プリシカ王国よりもだいぶ暗い街中の灯りでさえ、今のセピアには救いに感じた。
路地裏よりも明るい道に出たアスールは、フードを引っ張り目深に被る。
「セピア、下を向いてろ」
安堵するセピアのフードを、引っ張り下を向かせると、路地裏の暗闇から一段登り店の立ち並ぶ道に出た。
強制的に下を向いたセピアは、自分の足元が気持ち悪い液体で濡れ、汚れているのが目に入った。
しかし、浄化魔法をかけては貰えない。
アスールが上がった段差を利用して、靴に付いた何かの塊をこそげ落とす。
くんっと鎖が引っ張られた。
「早くしろ」
頷き一段登ると、そこは新たな別世界が広がっていた。




