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「馬車のご用意はできませんでした…その代わりと言っては何ですが、色変え水をお持ちしました」
「そうか」
「それと…」
商人は鎖の付いた首輪と手枷を取り出す。
あわよくばセピアを買い取り、奴隷にする魂胆だったのだろう。
奴隷用の首輪と手枷だった。
「…色変え水は貰おう。だが、それは必要ない」
「左様で?」
「あぁ…」
アスールの答えに、何を考えたのか下卑た笑みを浮かべた。
先程の恨めし気な表情と打って変わり、嬉々としてそれらを仕舞おうとする商人に、アスールは「待て」と声をかけた。
「やはり、手枷は貰う」
「左様で」
商人は自分で勧めたにも関わらず、声の端に落胆を滲ませる。
机に置かれ、ゴトッと音を立てた手枷は重たそうだったが、手枷の鎖がチャラリと軽い音を立てた。
「…鎖を変えろ」
アスールの声に、商人の肩がビクつく。
「それではすぐ切れる。粗悪品を俺に渡すのか?」
「滅相も無い…。すぐお取替えいたします」
いそいそとカーテンの裏へ行き、階段を駆け上る音がした。
商人が戻って来る前に、アスールはセピアのローブを上まで締めた。
「怪我は…ないな」
「ちょっと…気持ちが…」
「すまない。…でも、それぐらい元気がない方が良い」
眉間に皺を少し寄せ、青ざめた顔をしているセピアは、店の匂いが染み付いたローブと淀んだ空気、そして揺れの所為で吐きそうだった。
「歩けは…するな?」
アスールの言葉に、セピアは頷く。
しかし、手で口を押えていないと吐き気は酷くなりそうだった。
「失礼しました…」
今度は男の力でも千切れない鎖を付けた手枷を、商人は差し出した。
それを受け取り、セピアの手首に着けると、アスールは残った片方を自分に着けた。
「これで俺のモノを狙うヤツに奪われはしない」
アスールの冷たい視線が、商人に注がれた。
『悪だくみは全て見通している』
そう、視線は告げていた。
商人は気まずさと悔しさを滲ませたが、深々と頭を下げた。
アスールは色変え水を灯りに掲げ、透かすと、不純物や怪しい物が混じっていないか確認し、飲んだ。
一分もしない内に、アスールの綺麗な青い髪が黒く色を変え、目も深い藍色に変わった。
その変化を、セピアは驚きのあまり瞬きもせず見ている。
(こんな…魔法道具が…有るなんて)
アスールは変化が終わると「代金だ」と、セピアが見た事の無い紙を数枚、机の上に置いた。
プリシカ王国の金貨や銀貨、硬貨ではない。
ウルネスの紙幣だった。
「ありがとうございます」
机からそれを拾うと、商人は枚数を数えニマニマと笑った。
セピアは手枷やローブ、そして色変え水の料金が高いのか安いのかさえ分からない。
「行くぞ」
アスールがセピアに繋がった鎖を引っ張ると、カーテンを開けた。
その奥には通路と階段が有る。
階段の上は賑やかで、騒ぐ男たちの声がしている。
女性の悲鳴と何かの割れる音がした。
(…なんなの…?)
アスールの後ろをとぼとぼと付いて行く。
「裏を使うぞ」
「どうぞ」
アスールは階段では無く、通路側に向かう。
セピアはアスールの一歩後ろを歩くが、そのすぐ背後に商人が付いて来た。
後ろ斜め下をちらりと見ると、セピアの太ももに近い位置で商人の鼻がひくひくと動いていた。
どうやら匂いを嗅いでいるらしい。
恍惚な表情を浮かべる商人の顔を見て、セピアは小さな悲鳴を上げた。
その声に反応した商人の、殴りつけたように歪んでいる顔が更に歪み、薄く開いた口から赤い舌を出し、自身の唇を舐めた。
ぞわぞわとした悪寒が、セピアの背筋に走る。
足を速め、アスールにつながる鎖を握りしめると、アスールが振り向いたが、商人は気持ち悪い笑みを隠そうとはしなかった。
「では。またのご来店を…」
店外へのドアを開けると、レンガで出来た裏道に出る。
商人は頭を下げ切らず、上目遣いのまま次の来店を乞うたが、アスールはそれに返事を返さない。
後ろでドアの閉まる音がし、周りには人の気配が無くなった。




