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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
小島からの脱出

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5

「馬車のご用意はできませんでした…その代わりと言っては何ですが、色変え水をお持ちしました」

「そうか」

「それと…」


商人は鎖の付いた首輪と手枷を取り出す。

あわよくばセピアを買い取り、奴隷にする魂胆だったのだろう。

奴隷用の首輪と手枷だった。


「…色変え水は貰おう。だが、それは必要ない」

「左様で?」

「あぁ…」


アスールの答えに、何を考えたのか下卑た笑みを浮かべた。

先程の恨めし気な表情と打って変わり、嬉々としてそれらを仕舞おうとする商人に、アスールは「待て」と声をかけた。


「やはり、手枷は貰う」

「左様で」


商人は自分で勧めたにも関わらず、声の端に落胆を滲ませる。

机に置かれ、ゴトッと音を立てた手枷は重たそうだったが、手枷の鎖がチャラリと軽い音を立てた。


「…鎖を変えろ」


アスールの声に、商人の肩がビクつく。


「それではすぐ切れる。粗悪品を俺に渡すのか?」

「滅相も無い…。すぐお取替えいたします」


いそいそとカーテンの裏へ行き、階段を駆け上る音がした。

商人が戻って来る前に、アスールはセピアのローブを上まで締めた。


「怪我は…ないな」

「ちょっと…気持ちが…」

「すまない。…でも、それぐらい元気がない方が良い」


眉間に皺を少し寄せ、青ざめた顔をしているセピアは、店の匂いが染み付いたローブと淀んだ空気、そして揺れの所為で吐きそうだった。


「歩けは…するな?」


アスールの言葉に、セピアは頷く。

しかし、手で口を押えていないと吐き気は酷くなりそうだった。


「失礼しました…」


今度は男の力でも千切れない鎖を付けた手枷を、商人は差し出した。

それを受け取り、セピアの手首に着けると、アスールは残った片方を自分に着けた。


「これで俺のモノを狙うヤツに奪われはしない」


アスールの冷たい視線が、商人に注がれた。


『悪だくみは全て見通している』


そう、視線は告げていた。

商人は気まずさと悔しさを滲ませたが、深々と頭を下げた。


アスールは色変え水を灯りに掲げ、透かすと、不純物や怪しい物が混じっていないか確認し、飲んだ。

一分もしない内に、アスールの綺麗な青い髪が黒く色を変え、目も深い藍色に変わった。

その変化を、セピアは驚きのあまり瞬きもせず見ている。


(こんな…魔法道具が…有るなんて)


アスールは変化が終わると「代金だ」と、セピアが見た事の無い紙を数枚、机の上に置いた。

プリシカ王国の金貨や銀貨、硬貨ではない。

ウルネスの紙幣だった。


「ありがとうございます」


机からそれを拾うと、商人は枚数を数えニマニマと笑った。

セピアは手枷やローブ、そして色変え水の料金が高いのか安いのかさえ分からない。


「行くぞ」


アスールがセピアに繋がった鎖を引っ張ると、カーテンを開けた。

その奥には通路と階段が有る。


階段の上は賑やかで、騒ぐ男たちの声がしている。

女性の悲鳴と何かの割れる音がした。


(…なんなの…?)


アスールの後ろをとぼとぼと付いて行く。


「裏を使うぞ」

「どうぞ」


アスールは階段では無く、通路側に向かう。

セピアはアスールの一歩後ろを歩くが、そのすぐ背後に商人が付いて来た。


後ろ斜め下をちらりと見ると、セピアの太ももに近い位置で商人の鼻がひくひくと動いていた。

どうやら匂いを嗅いでいるらしい。

恍惚な表情を浮かべる商人の顔を見て、セピアは小さな悲鳴を上げた。


その声に反応した商人の、殴りつけたように歪んでいる顔が更に歪み、薄く開いた口から赤い舌を出し、自身の唇を舐めた。


ぞわぞわとした悪寒が、セピアの背筋に走る。

足を速め、アスールにつながる鎖を握りしめると、アスールが振り向いたが、商人は気持ち悪い笑みを隠そうとはしなかった。


「では。またのご来店を…」


店外へのドアを開けると、レンガで出来た裏道に出る。

商人は頭を下げ切らず、上目遣いのまま次の来店を乞うたが、アスールはそれに返事を返さない。

後ろでドアの閉まる音がし、周りには人の気配が無くなった。

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