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「ちょっと…どこに行くの!?」
引っ張られるまま、セピアは足を動かしていた。
砂の感触から硬い床へ変わるのに、そう時間は掛からなかった。
「…ここは…どこ…」
ゲートを出た先には赤いレンガ造りの壁が立っていた。
どこかの家の一室。
それも、あまりよろしくない人間が住んでいるのが分かるくらい、淀んだ空気が流れていた。
「お久ぶりでございます…」
セピア達から少し離れた、暖炉の横から声がし、セピアはぎょっとした。
「あぁ」
ぶっきら棒にアスールが返事を返す。
声の主は背がセピアの腰ほどもなく、子供の様な小ささだったが、顔は老人を更に乾燥させ皺くちゃにし、殴りつけたように歪んでいる。
アスールに対し恭しく、低頭傾首を表すかの如くの姿勢だが、顔には醜悪な蔑みが表れていた。
セピアには、この者が男なのか女なのかすら判断できなかった。
「…ローブを二枚、後…馬車を」
「かしこまりました」
両手を腹の所で組み、丁寧に深々とお辞儀をしたそいつは、そそくさと暖炉横のカーテンの裏へ去って行った。
去り際にちらっとセピアを見て、如何わしく舌なめずりをして。
「馬車があれば良いが…」
アスールが側にある机に、体重をかけた。
机はギギっと嫌な音を立てたが、壊れたり崩れたりはしなかった。
「さっきの人は…?」
「あれはノワール国の属国、ウルネスの商人だ…名前は…知らなくて良い」
「ここは…」
「ウルネス。ノワールの隣…魔法も使えない、発明品の一つも作れない。そのくせ貿易が盛んで、金の流れだけは良い国だ…ここではほぼ何でも手に入る」
眉間に皺を寄せた顔で言う『何でも手に入る』は、恐らく金品や良い物だけでは無いのだろうと、セピアは思う。
上から物音がして、何かの壊れる音と共に怒号が聞こえて来た。
女性の悲鳴が聞こえ、それに対して怒鳴る男の声だ。
セピアは、その声にビクッと肩を震わせた。
「セピア嬢…いや、セピア」
机にもたれたアスールが手招きをする。
セピアが動けずにいると、アスールは乱暴に服を引っ張った。
服の避ける音と共に、上半身を机に押し倒されたセピアは小さく悲鳴を上げた。
「黙れ」
組み敷くアスールに口を塞がれる。
「失礼します…」
長い髪を乱し、元の色が分からないくらいに汚れ、どこもかしこも破れている服を着た女がカーテンを開けた。
組み敷かれているセピアを見ても、女は驚きもせず無表情のまま、抱えたローブをアスールの横へ置いた。
何も問題が無い様に振舞う女に、セピアは助けを求めようとしたが、それも無駄なのだとすぐに分かる。
女は目を糸で縫われ、辛うじて隙間から見ている状態だった。
そして、女の体から漂う異臭。
短くなった裾から見える太ももは、細い黒い木の様な形状をしていた。
そこへ巻かれている不衛生な布の下から、何かが零れ落ちている。
床に落ちたそれが、もぞもぞと動いた。
虫だった。
「ひっうっ」
引いた様な小さな悲鳴は、アスールの掌に塞がれていたが、その一瞬女と目が合った。
「お衣装が…破れておいでで…」
「触るな」
女がセピアへ手を伸ばそうとしたが、アスールが一喝する。
女は薄ら笑いを浮かべ「左様で」とヘコヘコと頭を下げた。
下げた頭が動く度に、ハラハラと白い小さな物が頭から落ちた。
「さっさと失せろ」
いつもとは違うアスールの物言いは、セピアにとっては恐怖を抱く言い方だったが、女にとっては存外悪くない様子で、へらへらとした笑いを浮かべた。
震えるセピアの振動が、机に伝わりぎぎっぎと音がした。
それを聞いた女は、ゲスい想像をしたのか尚一層の笑みを浮かべ、立ち去ろうとしない。
にちゃにちゃと、笑いを隠し切れない唇から嫌な音がした。
「邪魔だ」
アスールがそう言うと、セピアの胸元に手をかけ襟を掴むと一気に引き破った。
「んんんんん!!!!」
セピアは抵抗したが、足は地面から浮くだけでアスールの体を退かせはしない。
「速く失せろ!!」
二人を見ていた女は、縫われた瞼を目一杯に開く。
半円の卑しい目と口が、女を更に醜悪にする。
そして、鼻歌でも歌っている様にさも嬉しそうに、カーテンの陰に隠れた。
「失せろ!!」
アスールが魔法でカーテンに攻撃すると、女は「ヒィ」と短い悲鳴を上げてドタバタと階段を駆け上がって行った。
「すまない…セピア…」
アスールは、震えるセピアの頭を乱暴にかき乱す。
机が汚れていたのか、アスールの手は黒く汚れていた。
その手で顔や首を撫でていく。
セピアの白い肌が、黒く汚れて行った。
服も破れ、令嬢とは思えない惨めな格好だった。
「これから君は、俺が連れている奴隷のフリをするんだ」




