2
食べ終わったセピアは、お腹に手を当てベッドに座った。
「満足」
冷えた感触が、焚火で火照った身体に気持ちが良かった。
(気持ちが変われば色々変わる)
これは妹のリーベに、セピアが言った言葉。
それを忘れる程、目まぐるしかった今日。
(でも…食べて、お腹が満たされた。だから…)
落ち着く事が出来た。
紅く揺らめく炎、結界内だとロホは感知できないだろう。
セピアは腕輪を撫でた。
いつも通り、可愛らしい装飾の鈴を出す。
チリンチリン。
鳴らしてみた。
「鳴らしても無駄だよ」
食べ終わった後の処理をしながら、アスールが答える。
「そう」
「あぁ」
「でも、綺麗な音でしょう?」
「まぁ…」
チリンチリン。
「…」
鳴らし続けるセピアの口元が、少し笑みを浮かべている。
アスールは焚火の所から黙って、何か楽し気なセピアを不思議そうに眺めた。
チリンチリン…チリン。
セピアの鈴が鳴る。
焚火の炎が、アスールの側を緩やかに揺れた。
「…セ…ア…」
炎の中から音が聞こえ始め、アスールは驚愕の表情を浮かべた。
「何…!?これは…」
チリンチリン。
焚火から一筋の火が糸の様になり、セピアの持つ鈴へ向かう。
そして、鈴はその火を取り込んだ。
「セピ…」
焚火の声はロホだった。
セピアの名を呼んでいる。
それに気が付いたアスールは、慌ててセピアの腕を掴んだ。
「止めろ」
「離して」
「ここにロホを呼んでも無駄だ」
セピアはロホの魔法も『食べて』いた。
(ロホからが無理なら、私から…)
チリンチリン。
鈴を介して、火の魔法を使いロホに呼びかける。
(私はここ。私はここに居る)
「離して」
もう一度、セピアはアスールに言った。
それは警告だった。
鈴からするりと出た火が、アスールの腕へと絡み付く。
「それくらい…」
アスールも自身の魔法を使い、相殺しようとした。
しかし、彼の水は動かなかった。
「なんでっ…」
「…私の魔力…貴方より強いのよ」
封印を解かれた今、セピアはアスールより強い。
齧られた程度のモノでも、アスールの力を封じるくらいに競り勝つ。
差が有り過ぎたのだ。
「セピア!」
焚火の中から今度こそハッキリと声が聞こえ、ロホの姿が浮かび上がった。
「ロホ!」
アスールの手を振り払い、焚火に走るセピアはロホに手を伸ばす。
ロホも必死に手を伸ばすが、触れる寸前、彼女の姿は消えた。
「…」
「…気を…許し過ぎた…」
セピアの腕が離れた刹那に、アスールは魔法で火を消した。
「油断…してたわ…セピア嬢…」
消えた焚火の前で、膝を付き砂に手を付く彼女の背を見下ろす。
燃やされた腕が赤くなっているのを、水魔法で冷やしてはいるが、治りはしない。
(後少しだったのに…)
勢いよく振り返ったセピアは、キッとアスールを睨みつけた。
見た事の無いセピアの表情に、アスールは己を情けなく思っているかの様な、呆れている様な、何とも複雑な表情を浮かべた。
「ごめんな」
セピアが握りしめている鈴を、ひょいっと取り上げる。
「これは…没収」
右手に可愛らしい鈴を持つと、まじまじとそれを観察した。
「でも、これで…動けるね…。良い提案だ」
自分からの逃亡ではなく、まるで島からの脱出方法を試しただけの様な言い方をする。
「何を…する気?」
「こう、するのさ」
睨むセピアに余裕の笑みを送ると、アスールは鈴を鳴らし始めた。
チリンチリン。
黒い海に向かって、何度も鳴らす。
チリンチリン。
「見つけて貰えないなら…呼ぶまでだ…だろ?」
砂浜に打ち寄せては引く波が、回を増すにつれて水量が増えていく。
真っ黒な闇が鈴に合わせて、行ったり来たりを繰り返す。
チリン。
「繋がった」
アスールの目の前に、黒い水で出来た大きな壁の様な物が立っていた。
チリン。
鈴の音が鳴ると、壁の中央部分から縦に線が入る。
黒い水の壁が二つに分かれると、ゲートの様な物が開いていた。
「さ、行こうか」
「…何をしたの…」
「ちょっと遠回りになるし、時間もかかるけど…」
そう言うと、グイっとセピアの腕を掴んで引き起こした。
「まぁ、寄り道…だな」
「何…どこへ」
ゲートがセピアの声をかき消し閉じると、跡形もなく小島から消えた。
その瞬間、水のベッドは割れ砂に水が吸い込まれていく。
そして、焚火の後だけが残っていた。




