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「こういう時、聖人相手だと苦労するねぇ…」
アスールは頭を掻く。
水も生活や何かをする上で、切っても切れないモノだが、火も風も木も身近に有って断つ事が出来ない。
まして、まだまだノワールは遠く、二人が居るのは聖人の力が届くプリシカ王国内の小島だ。
「ね、だから…」
帰ろう。とアスールに同意を求める。
差し出した手の先は微かに震えていた。
水に落ちた筈だが、服も髪も濡れていない。
アスールの魔法で渇いている。
だから、この震えは体を冷やした寒さからの震えではない。
夕日に後ろから照らされ、次第に表情が見えなくなっていくアスールへの恐怖だ。
魚をさばいていた時の彼でも、マホンとの思い出を語る彼でもない。
薄っすらとした闇が、彼を覆う様に…セピアへもジリジリと迫って来る。
(目の前に居るのは…アスールさんよね…?)
差し出した手を彼が握る。
冷たく細い指先がセピアの手を覆う。
辺りが暗くなり始め、ブランの鳥が一匹、また一匹と姿を消していく。
揺れる木々の音は、結界に阻まれて聞こえない。
そして、中の音も外には聞こえない。
セピアは鼓動が速くなった。
水のベッドが揺れて、アスールが膝をかけた事が分かる。
座ったままのセピアとの距離が、縮まると揺れが彼女の体を上下に動かした。
「…」
二人共、何故か沈黙してしまう。
セピアはアスールが何を考えているか分からなかった。
青く長い髪の毛が、セピアの膝に落ちると、それを踏まない様に後退する。
透明な水のベッドは、夕日の赤と宵闇の黒を身に纏い、不安げに揺れた。
セピアの小さな体に沿う様に、アスールの髪が流れる。
組み敷かれ、セピアはそれ以上動けなくなった。
アスールが腕を曲げれば、セピアの身体はアスールの体の下だ。
セピアは握られていない方の手を、アスールの肩へ当てると押し返そうとした。
影を落としたアスールの顔を見ようとしたが、太陽の鋭い光が隙間から差し込む所為で目が眩む。
不意にセピアの顔に雫が落ちて来た。
頬を濡らすそれは、アスールの涙だった。
「ごめんよ」
そう言うと、彼はすっと体を離した。
整った横顔が日に当たり、彼の青い目から流れる涙が零れ、頬に線を描いていた。
震えるまつ毛は、涙で水面の様に煌めいている。
セピアの腕に巻かれていたネックレスが、彼の手の中にあった。
母親は銀髪の美しい人だと、ロケットを撫でながら、アスールは愛おしそうに言った。
(銀髪?)
「…聖女とは目の色が違って…目も銀色の…女性なんだ」
(髪も目も銀色って…それって…)
「彼女が…母がされた事を…俺も…君にしようとするなんて…」
ロケットを握りしめ、ボロボロと涙を零し、背を丸めた。
「すまない…すまない…」
セピアの心にはまだ、不安と恐怖が残っていたが、目の前で泣きじゃくるアスールを放っては置けない気がした。
「大丈夫…私は…大丈夫…だから、落ち着いて」
なだめる様に背を擦る。
縮こまったままのアスールは、傷付いた悲しい少年の様だった。
「大丈夫…大丈夫よ」
寄り添う背中が暖かい。
「母は…聖女だった」
(と言う事は…聖女様とアスールって…)
セピアの考えが伝わったのか、アスールは涙で濡れた顔を彼女に向けた。
「現聖女のシェリラ・スワレと…俺は…異父兄妹だ…」
見た目も育ちも、立場さえ雲泥の差だろう?と自虐的に笑う。
「アイツは…ぬくぬくと育って…俺は…こんな…」
ロケットの中を見ると、先代聖女スワレ様で間違いは無かった。
けれど、セピアは知って居る。
(聖女は一人しか子を産めない)
「…それは…誰から貰ったの?」
だから、聖女の兄などありはしない。




