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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
空の旅路

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4

落ちる速度と比例して、耳元の風が音を増していく。

セピアはアスールが何を言ったのか、気の所為では無いかと思い、彼の顔を見る。

しかし、変わらず目を閉じたままだった。


(誰か助けて…)


アスールの背中の服をぎゅっと握りしめる。

今は天が足元に有った。

頭上にはその空を写した、広大で青々とした海が広がっている。


飛翔魔法を使うにも、落下速度を弱めるだけで、アスールの体を支える事は出来なかった。

解放された魔力を使えば、二人ぐらい容易く大勢を立て直す事が出来る。

だが、セピアは暴走を気にするあまり、コントロールできずにいた。


「どうしたらいいのお…」


このままだと二人共、海に叩きつけられて死ぬ。


(死にたくない)


セピアは目を瞑る。

そして、気が付いた時には、柔らかな水のベッドに寝かされていた。

ベッドの周りは緩やかな水の流れに囲まれ、水の結界が張り巡らされている。


「気が付いたか」


水が割れ、間からアスールが入って来た。

水の向こうに海と丁度沈む夕日が見える。


逆光のアスールの顔は見えづらかったが、内心ほっとしているのが分かった。

手には魚が数匹ぶら下がっていた。


「腹減ったろ。食事にしよう」


そう言うと魚を魔法で三枚に下ろす。


「…生魚…食べた事あるか?」


セピアは首を横に振る。

いつも焼かれるか、炊いてあるかだ。


「そうか…結構旨いんだが…」

「食べた事あるの?」

「あぁ。ノワールでは普通なんだが」

「プリシカ王国ではしない…わね」

「マホンも最初は嫌だって言ってたな」


魚をさばきながら、アスールは懐かしそうに言った。

マホンは泳ぐのが好きで、よくアスールが居る川のほとりに来ては泳ぎ、お腹が空けばアスールに魚を取るようせがんだ。


ついこの間までの二人の関係は、アスールがだらしないながらも弟の我儘に付き合わされる兄の様で、マホンは妹と言うよりやんちゃで元気な弟…。


まるで仲の良い兄弟の様だった。

なのに、今は片方が逃亡者だ。


「あいつ、釣りは下手なのに魚食うの好きだからな…」


切られて綺麗に並んでいく白く半透明な魚の身は、夕日に照らされてほんのり赤くキラキラと輝いていた。


「ほい」


アスールは、洗われた大きな葉っぱに乗ったそれを差し出す。

セピアは受け取りはしたが、口に入れるのは憚られた。


アスールが一切れぺろっと口に入れ、少し噛んだ後飲み下す。

「ん、美味い」そう言って次々に口へ放り込む。


恐る恐るセピアも口に運んだが、感触が合わなかったのか吐き出しそうになる。

しかし、令嬢の矜持もあり飲み込んだ。

思わず咳き込むセピアにアスールは「合わなかったか」と困った顔をした。


「ごめんなさい…」


せっかくの魚を。と咳き込みながら謝罪するセピアに、アスールは首を振る。

セピアの分の魚が水の壷へ仕舞われた。


「もう少し待ってくれ…そしたら火を焚くから…焼いて食べると良い」


今はまだブランが二人を探している。


「その水の結界を出ると、見つかるから…」

「ブランさんに見つかっても良いじゃない。一緒に帰りましょう?」

「駄目だ」

「どうして」


セピアは「私が好きなら…」と言いかけて止めた。


(私を好きだとして…私…卑怯だわ)


色々な思いが頭を駆け巡る。

どうしたって彼の行く末は暗い。

戻ってもノワールへ向かっても。


「…これからどうするの?」


黙り込むアスールに聞いた。


「もう少し日が落ちたら、ブランの目は使えない」


ブランの目とは、そこら辺を飛ぶ鳥の事だろう。

ブランは鳥の目を、自分の目の様に使えた。


「でも、ここには木が有るわ」


ブランが捜索できなくなっても、ある程度の範囲が分かれば次はマホンの魔法が二人を捜索する。

木を通して、マホンは二人の居場所を突き止めるだろう。

それに火を起こせば、ロホが感知しようとすれば出来てしまう。


「どのみち誰かには見つかるわ」

「そうだな…ブランの鳥が俺達のある程度の位置を把握している…」


水の結界のすぐ上を、緑色と黄色の二色を体に宿した鳥が群れで行き来していた。

ブランにも、水の結界を使っている事はバレている。


「ここで火を使えば…居場所を教えているのも一緒よ」

「そうすればロホが飛んでくるだろうな」

「もう、よしましょう…逃げるのは」


セピアはどうすれば説得できるか、あの手この手を考えては、アスールに提言した。

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