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アスールに視線を戻すと、彼は険しい顔をしていた。
「あ…す…」
どうしたのかと、セピアが聞こうとしたが、言い終わる前にアスールは後ろの窓を開け、何かを叫んだ。
黒いフードの男と何やら言い合っている。
男は慌てた様子で、アスールに何かを訴えていた。
「チッ」
舌打ちをすると、横に在る乗り込み口のドアを開けた。
セピアは勢いよく入り込んでくるだろう風に身構えたが、一吹きのそよ風すら感じなかった。
鳥が引く乗り物は、空の上で停止していた。
「セピア嬢を返してください」
ドアの先に居たのはブランだった。
「…やっぱお前か。空で追いかけられるのは」
予想通りだと言う割には、少しの焦りと気まずさを浮かべた。
風魔法で進路を塞ぐと言うよりも、全体を捕縛している様で、鳥は羽ばたきすら出来ない。
しかし、彼の力が取り巻いているおかげで、落ちる事も無い。
「さぁ。…もうすぐ応援も来ます。逃げれませんよ」
「どうかな」
「…アスール。私は逃がしません」
今度は。と呟き、ブランが風の力を強める。
嵐の様な激しい風が、繭の様に辺りを囲む。
「こりゃ…困ったなぁ…」
アスールはわざとらしい仕草で、頭を掻く。
その間に、小さな鳥が繭から飛び立って行った。
「ここでそれ使うか…」
「二匹ぐらいなら、私には影響ありませんから…」
「そうだな…でも、これならどうだ?」
アスールがピアスを外し、握りしめると魔法陣が現れた。
大型の転移魔法の魔法陣だ。
「そんなもの!」
ブランが力を籠めるが、アスールは魔法陣を下へ投げた。
発動の光を蓄えた魔法陣が、乗り物の下でクルクルと動き、やがてその光がセピアとアスール、鳥に跨る黒いフードの男共々、全てを包み込んだ。
「待て!」
ブランの声が響いたが、セピア達は次の瞬間には繭の様な風の外に居た。
後方に微かにブランの様な人影が見える。
「寒っ」
慌ててアスールがドアを閉め、黒いフードの男へ全速力で飛ぶように指示をする。
男は手綱を握りしめると、渾身の一振りを鳥へ下ろす。
バンッ!と言う激しい打撃音が聞こえ、鳥が叫んだ。
痛々しい悲鳴に、セピアは耳を塞いだが、打撃音は何度も続いた。
ドアを叩く風の音なのか、鳥の叫びなのか、打撃音の隙間から聞こえる音に、セピアは恐怖した。
「怖い?」
アスールの声にセピアは頷いた。
「だろうね…」
俺も…怖かったよ。と呟く声が、轟音にかき消される。
速度で巻き起こる風と、ブランの風がぶつかり合っていた。
「しつこいなぁ…」
撒けると思っていたのにな。と、窓から後ろを見るアスールは王城で見せた冷たい目をしていた。
「止めて」
セピアは思わずアスールの腕を掴んだ。
冷たい目のアスールが、ブランへ攻撃を仕掛けようとしている事が分かったのだ。
「…」
「お願い…」
掴む手が震える。
その手に、アスールの手が重なった。
手の甲を優しい暖かさが撫でる。
「綺麗な…手だな」
セピアはそんな事を言われた事が無かった。
貴族の手は、こんなモノなのだから。
「綺麗な手だ」
自分の腕からセピアの手を離し、握りしめると目を閉じ、手の甲にキスをした。
セピアはアスールの息がくすぐったい。
「このままで…居て欲しい。けど…」
返す訳にはいかないんだ。と、腕の中へ引き寄せた。
轟音の中で聞こえ辛かった、ミシミシと言う音が次第に大きくなる。
「アスールさん?」
「捕まっ…」
軋む音が一際大きくなった瞬間、セピア達の足元から硬さが無くなった。
全てが崩れ、二人は空中へ投げ出されていた。
「きゃあああああ」
セピアがアスールにしがみ付く。
鳥に跨る黒いフードの男の慌てた姿が、上昇し離れていった。
「セピア嬢!!!」
ブランの声が、アスールの腕と耳を打つ風で遠のいて行く。
冷たい空気が風に巻かれ、スカートの中に入る。
寒気が背筋を走ると、セピアは首筋や背中が痛くなった。
(このままじゃ…落ちる!!)
アスールの腕には力が入ったままだった。
しかし、彼の目は閉じられ意識が無い。
「うそおおおおおお!」
バサバサと、セピアの髪が彼女の頬を打つ。
「アスールさん!!アスールさん!」
必死で声をかけ、胸元を握りしめた。
硬い物が手の中に在る。
あのネックレスだ。
「アスールさん!」
落ちそうになるネックレスを自分の腕に巻き付け、尚呼び続けた。
「セピア」
「アスールさん!」
「…好きだ」




