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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
空の旅路

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53/67

3

アスールに視線を戻すと、彼は険しい顔をしていた。


「あ…す…」


どうしたのかと、セピアが聞こうとしたが、言い終わる前にアスールは後ろの窓を開け、何かを叫んだ。

黒いフードの男と何やら言い合っている。

男は慌てた様子で、アスールに何かを訴えていた。


「チッ」


舌打ちをすると、横に在る乗り込み口のドアを開けた。

セピアは勢いよく入り込んでくるだろう風に身構えたが、一吹きのそよ風すら感じなかった。

鳥が引く乗り物は、空の上で停止していた。


「セピア嬢を返してください」


ドアの先に居たのはブランだった。


「…やっぱお前か。空で追いかけられるのは」


予想通りだと言う割には、少しの焦りと気まずさを浮かべた。

風魔法で進路を塞ぐと言うよりも、全体を捕縛している様で、鳥は羽ばたきすら出来ない。

しかし、彼の力が取り巻いているおかげで、落ちる事も無い。


「さぁ。…もうすぐ応援も来ます。逃げれませんよ」

「どうかな」

「…アスール。私は逃がしません」


今度は。と呟き、ブランが風の力を強める。

嵐の様な激しい風が、繭の様に辺りを囲む。


「こりゃ…困ったなぁ…」


アスールはわざとらしい仕草で、頭を掻く。

その間に、小さな鳥が繭から飛び立って行った。


「ここでそれ使うか…」

「二匹ぐらいなら、私には影響ありませんから…」

「そうだな…でも、これならどうだ?」


アスールがピアスを外し、握りしめると魔法陣が現れた。

大型の転移魔法の魔法陣だ。


「そんなもの!」


ブランが力を籠めるが、アスールは魔法陣を下へ投げた。

発動の光を蓄えた魔法陣が、乗り物の下でクルクルと動き、やがてその光がセピアとアスール、鳥に跨る黒いフードの男共々、全てを包み込んだ。


「待て!」


ブランの声が響いたが、セピア達は次の瞬間には繭の様な風の外に居た。

後方に微かにブランの様な人影が見える。


「寒っ」


慌ててアスールがドアを閉め、黒いフードの男へ全速力で飛ぶように指示をする。

男は手綱を握りしめると、渾身の一振りを鳥へ下ろす。

バンッ!と言う激しい打撃音が聞こえ、鳥が叫んだ。


痛々しい悲鳴に、セピアは耳を塞いだが、打撃音は何度も続いた。

ドアを叩く風の音なのか、鳥の叫びなのか、打撃音の隙間から聞こえる音に、セピアは恐怖した。


「怖い?」


アスールの声にセピアは頷いた。


「だろうね…」


俺も…怖かったよ。と呟く声が、轟音にかき消される。

速度で巻き起こる風と、ブランの風がぶつかり合っていた。


「しつこいなぁ…」


撒けると思っていたのにな。と、窓から後ろを見るアスールは王城で見せた冷たい目をしていた。


「止めて」


セピアは思わずアスールの腕を掴んだ。

冷たい目のアスールが、ブランへ攻撃を仕掛けようとしている事が分かったのだ。


「…」

「お願い…」


掴む手が震える。

その手に、アスールの手が重なった。

手の甲を優しい暖かさが撫でる。


「綺麗な…手だな」


セピアはそんな事を言われた事が無かった。

貴族の手は、こんなモノなのだから。


「綺麗な手だ」


自分の腕からセピアの手を離し、握りしめると目を閉じ、手の甲にキスをした。

セピアはアスールの息がくすぐったい。


「このままで…居て欲しい。けど…」


返す訳にはいかないんだ。と、腕の中へ引き寄せた。

轟音の中で聞こえ辛かった、ミシミシと言う音が次第に大きくなる。


「アスールさん?」

「捕まっ…」


軋む音が一際大きくなった瞬間、セピア達の足元から硬さが無くなった。

全てが崩れ、二人は空中へ投げ出されていた。


「きゃあああああ」


セピアがアスールにしがみ付く。

鳥に跨る黒いフードの男の慌てた姿が、上昇し離れていった。


「セピア嬢!!!」


ブランの声が、アスールの腕と耳を打つ風で遠のいて行く。

冷たい空気が風に巻かれ、スカートの中に入る。

寒気が背筋を走ると、セピアは首筋や背中が痛くなった。


(このままじゃ…落ちる!!)


アスールの腕には力が入ったままだった。

しかし、彼の目は閉じられ意識が無い。


「うそおおおおおお!」


バサバサと、セピアの髪が彼女の頬を打つ。


「アスールさん!!アスールさん!」


必死で声をかけ、胸元を握りしめた。

硬い物が手の中に在る。

あのネックレスだ。


「アスールさん!」


落ちそうになるネックレスを自分の腕に巻き付け、尚呼び続けた。


「セピア」

「アスールさん!」

「…好きだ」

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