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大事に仕舞うアスールに、中を見せて欲しいとセピアは言えなかった。
「…ご存命?」
「…いや…亡くなったよ。俺が生まれた時に…もう」
一度も会った記憶もない母親への、執着に似た感情がアスールには有った。
「私の…本当の母親って…どんな人だったんだろう…」
「ノワールの貴族の娘さ。…と言ってもノワールでは女だと言うだけで扱いは地に落ちる」
「ノワールの貴族…」
「あぁ。俺の父はノワールのオンブル伯爵家当主だ」
「じゃあ貴方も貴族なの?」
「髪の色がコレだから…捨て駒だよ」
首を傾けたアスールの肩を、青い髪がさらりと落ちた。
「伯父上も…あの髪色に生まれて家は継げなかった」
「貴方のお父様は…黒髪…なのね」
「あぁ。君と同じ黒髪で…黒い目だ」
「アーテル子爵は…前当主の養子…なのね?」
アスールは静かに頷いた。
「伯父上は心を操る魔法を子爵にかけた」
「何ですって?…」
セピアは驚きを隠せなかった。
プリシカ王国には、精神への魔法など無いからだ。
あったとしても、王は禁止魔法に入れていただろう。
「ノワールにはそんな魔法が…?」
「完全ではないけどね。…強い人間には掛けられないし、持続性もない」
「じゃあ…前当主が亡くなっているのって…」
「おそらく、伯父上が殺したんだろう」
露見しないのも、メイドや執事を操れば出来る事だ。
人を操る魔法の存在を、知らないプリシカ王国の者達は疑う事も無かっただろう。
「何てこと…」
(…このままノワールに行けば…私も操られてしまう?)
セピアは胸元に寄せた手が、冷たくなり震えていた。
「大丈夫。媒体が必要な魔法だから、そんなに容易く使えないし、君には通じないだろう」
「ノワールの人達はそれを受けているの?」
もしかして、貴方も?と、セピアの視線がアスールに問うた。
「魔法だったら…楽だっただろうね」
「枷が嵌められているって…」
「あぁ。でも大切な魔法を『奴隷』には使わない。違うやり方が有るのさ」
心も体も縛る、魔法では無いやり方。
セピアには思い浮ばない。
「まぁ。着いたら見る事になるよ」
垂れた髪の毛を後ろに払う。
その仕草はブランを思い起こさせた。
長い髪の毛を背中に流し、横を向いて窓枠に肘を付くアスールは、遠い目をしたまま空を眺めた。
(何を考えているんだろう…)
沈黙の時間が訪れ、手持無沙汰なセピアは目の前のアスールを眺めるか、外を眺めるかしかない。
ブランを思い出した時には、続いてマホンやロホ、聖女とオールの顔が次々と浮かび上がった。
皆から離れて、そんなに時間は経っていないが、少し懐かしい気持ちで思い起こす。
ふと、両親と妹の顔も出て来た。
(お父様…お母様…)
セピアの胸が痛む。
彼らも妹同様愛してくれていた。
見目が違っても、先祖返りだなんて嘘を付いても、強すぎる力を封印しても、優しく時には厳しく…育てられた。
そんな家族を、セピアも愛している。
(どうか…心配しないで…)
眉を寄せ、苦痛に満ちた表情のお父様。
泣いて目を赤く腫らし、今にも倒れそうなお母様。
そして…オール様の前で泣き叫ぶ、妹リーベ。
(これは私の妄想?それとも魔力での透視?)
もう、プリシカ王国からどれくらい離れたか、分からない。
乗り込む時に見た、アスールの家は城下町の中。
周りはボロボロで、住んでいるかどうかすら分からない民家に紛れた一軒家だった。
打ち捨てられた様な家屋達。
それは他国から逃げて来た者が、最初に居つく場所だ。
(あそこから…この速度で…)
セピアは頭の中で地図を開く。
小さな島々の形から、プリシカ王国から東の方角へ進んでいるらしい事が分かる。
(この辺りなら…隣国に近い…)
恋愛小説や御伽噺が有名な国。
(…またいつか…読める日が来るのかな…)
膝の上で指先を弄ぶ。




