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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
空の旅路

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2

大事に仕舞うアスールに、中を見せて欲しいとセピアは言えなかった。


「…ご存命?」

「…いや…亡くなったよ。俺が生まれた時に…もう」


一度も会った記憶もない母親への、執着に似た感情がアスールには有った。


「私の…本当の母親って…どんな人だったんだろう…」

「ノワールの貴族の娘さ。…と言ってもノワールでは女だと言うだけで扱いは地に落ちる」

「ノワールの貴族…」

「あぁ。俺の父はノワールのオンブル伯爵家当主だ」

「じゃあ貴方も貴族なの?」

「髪の色がコレだから…捨て駒だよ」


首を傾けたアスールの肩を、青い髪がさらりと落ちた。


「伯父上も…あの髪色に生まれて家は継げなかった」

「貴方のお父様は…黒髪…なのね」

「あぁ。君と同じ黒髪で…黒い目だ」

「アーテル子爵は…前当主の養子…なのね?」


アスールは静かに頷いた。


「伯父上は心を操る魔法を子爵にかけた」

「何ですって?…」


セピアは驚きを隠せなかった。

プリシカ王国には、精神への魔法など無いからだ。

あったとしても、王は禁止魔法に入れていただろう。


「ノワールにはそんな魔法が…?」

「完全ではないけどね。…強い人間には掛けられないし、持続性もない」

「じゃあ…前当主が亡くなっているのって…」

「おそらく、伯父上が殺したんだろう」


露見しないのも、メイドや執事を操れば出来る事だ。

人を操る魔法の存在を、知らないプリシカ王国の者達は疑う事も無かっただろう。


「何てこと…」


(…このままノワールに行けば…私も操られてしまう?)


セピアは胸元に寄せた手が、冷たくなり震えていた。


「大丈夫。媒体が必要な魔法だから、そんなに容易く使えないし、君には通じないだろう」

「ノワールの人達はそれを受けているの?」


もしかして、貴方も?と、セピアの視線がアスールに問うた。


「魔法だったら…楽だっただろうね」

「枷が嵌められているって…」

「あぁ。でも大切な魔法を『奴隷』には使わない。違うやり方が有るのさ」


心も体も縛る、魔法では無いやり方。

セピアには思い浮ばない。


「まぁ。着いたら見る事になるよ」


垂れた髪の毛を後ろに払う。

その仕草はブランを思い起こさせた。

長い髪の毛を背中に流し、横を向いて窓枠に肘を付くアスールは、遠い目をしたまま空を眺めた。


(何を考えているんだろう…)


沈黙の時間が訪れ、手持無沙汰なセピアは目の前のアスールを眺めるか、外を眺めるかしかない。

ブランを思い出した時には、続いてマホンやロホ、聖女とオールの顔が次々と浮かび上がった。


皆から離れて、そんなに時間は経っていないが、少し懐かしい気持ちで思い起こす。

ふと、両親と妹の顔も出て来た。


(お父様…お母様…)


セピアの胸が痛む。

彼らも妹同様愛してくれていた。


見目が違っても、先祖返りだなんて嘘を付いても、強すぎる力を封印しても、優しく時には厳しく…育てられた。

そんな家族を、セピアも愛している。


(どうか…心配しないで…)


眉を寄せ、苦痛に満ちた表情のお父様。

泣いて目を赤く腫らし、今にも倒れそうなお母様。

そして…オール様の前で泣き叫ぶ、妹リーベ。


(これは私の妄想?それとも魔力での透視?)


もう、プリシカ王国からどれくらい離れたか、分からない。

乗り込む時に見た、アスールの家は城下町の中。

周りはボロボロで、住んでいるかどうかすら分からない民家に紛れた一軒家だった。


打ち捨てられた様な家屋達。

それは他国から逃げて来た者が、最初に居つく場所だ。


(あそこから…この速度で…)


セピアは頭の中で地図を開く。

小さな島々の形から、プリシカ王国から東の方角へ進んでいるらしい事が分かる。


(この辺りなら…隣国に近い…)


恋愛小説や御伽噺が有名な国。


(…またいつか…読める日が来るのかな…)


膝の上で指先を弄ぶ。

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