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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
逃亡者の行く先

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1

「どうして…なの?」


抱えられたセピアは、アスールにも事情があるのかと問う。


(事情があっても…勇さんを殺した事に変わりはないけど…)


アスールは腕の中のセピアに顔を向けると、そっと目尻に流れる涙に指先で触れた。

優しい感触だった。


「ホントはさ、バレない様にしたかったんだけどな」


『破裂』させた殺し方も、バレない様にする為だった。


「馬車も…アスールさん?」

「あれも…そうだな。様子見たくて…でも」


アスールは左頬に手を当てる。


「急かされたしな」

「誰かからの命令なの?」

「…」

「それなら…」

「無理だ。無理なんだよ…セピア嬢…」


アスールの目は皆に向けた冷たい目ではなく、悲し気な目に変わっていた。


「何がっむ…」


アスールが突然セピアの髪をぐっと掴み、上を向かせた。

そして、口が半分開いた状態のセピアに口付けをした。


「「セピアァ!!」」


その光景を目の当たりにしたオールと聖女が、驚愕と怒りの入り混じった悲鳴を上げた。


「ふっぐっぅ…んん」


セピアは必死で抵抗するが、アスールの口と体が離れない。

にゅるっとした自分のではない舌が、自分の舌に絡み付く。


(嫌だ)


「止め…離…」


空中で抵抗するが、普段は軽い調子のアスールも男だ。

力では勝てない。

全力で離そうとしても、アスールの体はびくともしなかった。


(止めて…お願い…)


下にいる、聖女やオールの視線が自分達に注がれているのが分かる。

くちゅっ。

音が鳴る度に羞恥心と怒り、情けなさが込み上げた。


しかし、セピアはアスールに身体は抱えられ、頭も押さえつけられている。

絡み合う舌が吸われ、息がし辛い。

横に少しでもズレようと、精いっぱい足掻くがアスールもまた動いてしまう。


唇の暖かさと、舌の温さが、自分の冷えた口の中をかき混ぜる感触に、セピアは大声で泣きたくなった。

涙はさっきから止めどなく溢れるが、その意味も自分への涙に変わる。


(いや…離して…)


口の中でアスールの唾液と、自分の唾液が混じるのが分かる。

何とも不愉快で気持ち悪い。

助けようとする五人の魔法が、横を掠めていく。


(もう止めて!!)


パキンッ。


何かが割れるような音がした。


「グッふ…」


二人の体が空中で揺らぎ、落下し始める。

アスールの口から血が流れていた。


「やる…ねぇ…」


悠然と口元を拭く。

絨毯と接触しかけた所で、アスールは態勢を立て直していた。


態勢が立て直せていなくとも、床に激突は避けられていただろう。

マホンの出した木が二人を受け止める体制になっていたが、アスールはその木を蹴り上げ、もう一度空中に飛行した。

抱えられたセピアの瞳から零れ落ちた雫が、絨毯の上に跳ねる。


「ふざけんな!アスール!何をして居るのか分かって居るのか!」


オールが珍しくキレ、粗暴な言葉遣いをしていた。

横に居る聖女やロホ達も、怒りで顔を赤くしている。


聖人達が飛翔魔法で、アスールに距離を詰め始め、聖女とオールも聖人達と共に、アスールを囲む様に飛ぶ。


「セピアを返しなさい」

「セピア嬢を離せ」


いつでも攻撃できるのだと、オールと聖女が構えた。


「今なら半殺しで済ませるわ」


聖女の腕に光が集まり始める。

手加減をしている様には、見えなかった。


「「セピアを返せ」」


オールの手に聖女とは違った色の光が集まる。

青や黄色、緑や赤が混じっている。


「へー。本気だねえ」


アスールは笑うが、肺辺りが痛む顔をする。


「折れた肋骨…肺に少し突き刺さったみたい…」


「君がしたんだよ。セピア嬢」と、責めるような言い草だ。


「離して…」

「駄目だね」

「何する気なの?」

「逃げるよ」


渦巻く水流が、アスールの声で二人を取り巻く。


「止めて!離して!きゃあああああ」


あまりの激しさにセピアは悲鳴を上げたが、助けを求める手も空しく、水に絡め捕られた。


「セピア!」


誰かの必死の声が聞こえたが、それもかき消されていく。


「じゃ。またな」


アスールはオールと聖女に見せつける様に、もう一度セピアの唇にキスをして水と共に消えていった。


「あの野郎…絶対…す」


冷静さを無くした二人は、硬く拳を握りしめていた。

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