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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
優しく甘い夢の後

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45/69

5

顔だけが勇と認識できる物体に、対峙したセピアは悲痛な叫び声をあげた。


最初に出会った、テーブルの上に座っていた、困惑の中の勇。

その後の、自分の腕にしがみ付く勇。

部屋でのお腹が鳴って、恥ずかしそうに笑う勇。

城下町、ブランの家、街で食べた夕食の…魔法に驚き楽しむ彼女の顔が、脳裏に浮かんだ。


(なのに…)


最後に浮き上がったのは、追い出される様に部屋から出て行った時の、何か言いたそうな勇の顔。


(どんな…気持ちだったのだろう…)


勇の顔をした人型を、目の前に浮かせたまま、両手で顔を覆い床にへたり込んだ。

細い手首にプレゼントしたブレスレットが、クルクルと回っていた。


(…もしかしたら…)


手がかりがあるかも知れない。そう考えたセピアは勇の腕に手を伸ばす。


「セピア?」


誰もがその場から動けない。

ただ、セピアのする事を眺めていた。


「これは…収納魔法がかけられたやつなの…」


ロホは知って居るけれど、他の者達は知らない。


「何か…手がかりが…」


誰の目にも明らかな、勇の死因。

魔法での惨殺の手がかりが、何かないかと考えたのだった。


「そうなのか…知らなかったな」


ブレスレットに手を伸ばすセピアの横を、スッと腕が伸びて来た。

誰もが立ち尽くしている状況で、セピアの目に入ったのは流れる様に美しい青い髪。

アスールだった。


ふわりと浮かぶ彼の手に、ブレスレットが握りしめられている。

いつものお茶らけた表情とは打って変わって、冷たい表情をしていた。


「アスールさん?」

「これ、どうやって中身出すんだ?」

「…念じるだけ…よ」


アスールが何をするか分からないが、セピアは聞かれたままに答えた。


「そうか」


掌でぎゅっとブレスレットを掴むと、勇の来ていた制服がバサバサと音を立て落ちた。

その上に王室のエンブレムが落ちた。

馬車に付いていた物と同じ物。


「セピア嬢が倒れた時に持っていた物だ」


オールがそれを帰った時の記念に欲しいと言われ、あげたのだと言う。


「…」


アスールがオールを一瞥したが、いつもとは違い冷たいままだった。


(一言でも…言ってくれないのね…)


今、そんな時では無いと思いながらも、セピアは自分が持っていた物を女性に渡すオールに、チクリと心が痛んだ。


「…後は…」


アスールが最後のオパールを握りしめた。

物は落ちて来なかった。


「やっぱ、取られてたか…」


アスールの手に細いチェーンが見えた。


「…取られてたって…もしかして…あなた」


ロホが愕然とした顔をした。


「アスール!!」


オールの声に、マホンとブランが身構える。


「お前がやったのか!」


怒りと軽蔑を露わにしたオールが、アスールに叫んだ。

悠々と浮かぶアスールは、そんなオールを見て笑みを浮かべた。


「お前、自分が何をしたか分かって居るのか?勇者を殺して…」


ブランの震える声が絶望を示していた。

アスールはそれも意に関しない様に笑う。


「邪神が目覚めたら終わりなんだぞ」

「聖女が居るだろ?」

「…半年前発見された書物には…書かれていた」


ブランの拳が震える。


「…が、禁書の中には勇者の事しか書かれてなかったんだ」

「へぇ…」

「だから…研究者は…解読を…」


悔しそうな表情を浮かべるブランを、アスールは馬鹿にした様に笑い飛ばした。


「ご苦労な事で」

「アスール!お前!」


マホンがアスールに向けて、木の束縛魔法を放つが躱されてしまった。


「まあ、ブランと王様のおかげで召喚は成功して、覚醒は促された…」


アスールが感謝していると笑いながら、手に持っていたチェーンの付いた何かを懐に仕舞う。

セピアには一瞬、それがネックレスに見えた。


「ありがとな」


アスールの周りに水が浮かぶ。

転移する気だった。


「じゃあな」


アスールはそう言うと、ヒョイっとセピアを右脇に抱えた。


(え?)


「セピアを離しなさい!」


瞬時に、聖女の怒声と共に魔法が放たれたが、間一髪でアスールは身を翻す。


「「セピアを離せ」」


オールと聖女が同時に魔法をかける。

しかし、それも身を翻し避けた。


「何でこんな事をするの!?」


ロホが立ち上がり、オール達に加勢する。

アスールの周りには炎が渦巻き、マホンの木がアスールの脚を捕まえようと右往左往している。

だが、どうにも捕まえられない。

セピアの存在が、全力での攻撃を躊躇させていた。


「仕方ないんさ」


セピアに当たらない様に攻撃を躱しながら、アスールが呟いたのをセピアは聞いた。

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